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『星砂の降る船で』 桜井ジン  作者: 如月あげは


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第六話:みんな、同じ夢を見る

みんな、同じ夢を見る


 クジラは、夜明けになっても船べりを離れなかった。びしゃんは、それを見て何も言わなかった。ただ、毛布を一枚、船べりにかけておいた。

 その朝、宝船に一通の封筒が届いた。差出人は、「神さま商会」。金色の判が、ペタリと押されている。中には、一枚の紙。白くて、まっすぐで、折り目ひとつない。

 ほていが、そっと読み上げた。

「――第六条。平和を守るため、神さまたちは、そろった姿勢・そろった呼吸・そろった夢をともにすること」

 紙の下に、小さな字。「乱れは、不安を生む。差は、争いを生む。ゆえに、そろえよ」星砂が、ヒラヒラと紙の端を揺らす。ほていは、ニコニコとうなずいた。

「なるほど。とても親切なおきてなのです」

 懐から、笛を取り出す。ピィーッ。宝船の真ん中で、お腹をポンとたたいた。

「さあ、みなさん。平和のために、今日から同じポーズで過ごしましょう」

 笛が、もう一度。ピィーッ。神さまたちは、一列に並んだ。甲板の上、足をそろえる。星砂がヒラヒラ舞う中、同じ右足を上げ、同じ左手を伸ばす。

「こうすれば、誰も迷いません。誰もぶつかりません。とても平和なのです」

 ほていは、物差しで角度をピシッと測り始めた。びしゃんの鎧が、ガチャリと鳴る。えびやんの腕が、プルプル震える。

「ねえ、これ、いつまで続けるの?」

 答えずに、笛。ピィーッ。おじいだけが、列の端で、膝をトントンとたたいている。だいちゃんは、小さな帳面を開いた。

「足は三十度。腕は四十五度。呼吸は三秒で吸って、三秒で吐く」

 べにたんは、同じ角度でびわを構えた。

「これ、音楽というより体操ね」

 ロクさんの長い頭も、決められた角度にそろう。頭の先に、水平器が乗せられた。

「傾き注意です」

 ほていは、ニコニコしながら紙を貼った。クジラも並ばされた。尾びれの角度まで、ピシッ。

「キュゥ……」

「鳴くときは、二拍子で」

 小さな表が配られる。

 夜になった。七人と一匹は、同じ角度で布団に入る。布団の端も、ピシッとそろう。

「おやすみなさい。平和な夢を」

 笛。ピィーッ。同時に目を閉じた。

 夜中。甲板に、カチ、カチ、と足音。ほていが、提灯を手に見回っている。誰かの足が、少しずれていた。そっと直す。

「ちょっとだけ、そろっていませんでしたよ」

 声は、やさしい。提灯の火が、揺れた。ほていは、それを見て、小さく、

「まあまあ、……」

 と呟いた。

 朝。みんな、同じ夢を見た。同じ朝日。同じ雲。同じ、ふにゃりとした波。えびやんが、あくびをする。角度は、きちんと守られている。

「……なんか、息が詰まるな」

 びしゃんは、槍を持つ手がしびれた。それでも、角度を変えない。

「……なんか、違うな」

 おじいが、そっと列から一歩外れた。膝をトントン。すぐに、ほていが来る。

「列から出ると、迷いますよ」

 おじいは、にこり。

「迷うのも、平和かもしれぬよ」

 ほていは、少しだけ困った顔。それでも、笛。ピィーッ。おじいは、列に戻った。

 午後。風がふいた。星砂がヒラヒラと舞う。けれど、誰も見ない。見る向きが、決まっていなかったからだ。クジラだけが、こっそり尾びれをパタリと動かした。決まりから、ほんの少しだけ外れている。誰も気づかない。

 宝船は、まっすぐ進む。曲がらない。止まらない。迷わない。でも、どこへ行くのか、誰も知らない。甲板の上。七人と一匹は、同じポーズでユラユラ揺れていた。やわらかな光の流れ。そして、少しだけ、硬い光の流れ。星砂の海に、同じ足跡がヒラヒラと続く。

 その夜。決まりから外れた尾びれが、そっと水面をパタリとたたいた。ヒラヒラ。霧の向こうへ、影がひとつ、ゆらりとほどける。誰も気づかない。けれど、海の奥で、もうひとつの鼓動が重なった。星砂は、何もなかったように、ヒラヒラと舞い続ける。

 そのとき。どこからか、一枚の紙がふわりと舞い上がった。折り目ひとつない、白い紙。「平和のおきて」と、かすれた文字。風が、ぺらりとめくる。「そろった姿勢――」そこまで読めた。次の瞬間、紙はくるりと裏返り、星砂の中へ吸い込まれていった。誰も追いかけない。笛の音も、鳴らない。ただ、尾びれがもう一度、パタリと水を打つ。ヒラヒラ。紙は、砂と同じ速さで遠くへ流れていった。

 宝船の上には、まだ同じポーズが並んでいる。けれど。どこかで、ほんのわずかに、水平器の泡が、ゆらりと動いた。星砂は、何も言わない。ただ、ヒラヒラと舞い続けていた。

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