第十五章 法廷
再び証言台に立つ晴人。
彼は、自らの罪と愛の正体を、法廷という場所でようやく言葉にする。
「では被告人、前へ出なさい」
裁判官の声が、静かな法廷に落ちた。
僕は立ち上がる。
革靴の音が響く。
傍聴席の視線が肌に刺さる。
最初にここへ立った日のことを思い出す。
あの時はまだ、自分が何をどう話せばいいのか、まるでわからなかった。
検察官は、僕の犯行が計画的であり、動機は弟への憎悪と私怨によるものだと述べた。
弁護人は、紬の死と知佳の精神的崩壊が僕に重大な心理的圧迫を与え、心神耗弱に近い状態だったと訴えた。
どちらも、まったくの間違いではなかった。
でも、どちらも何かが足りなかった。
僕は証言台の前で、深く息を吸った。
「被告人、あなたはなぜ被害者を殺害したのですか」
裁判官の問いに、法廷はしんと静まった。
僕は答えた。
「彼女を、救いたかったんです」
傍聴席がわずかにざわめいた。
「彼女、とは誰ですか」
「紺野知佳です」
「彼女に依頼されたのですか」
僕は少しだけ考えて、それから首を横に振った。
「依頼、という言葉が正しいのかはわかりません。でも、彼女は壊れていました。娘を亡くして…… もう、自分では立っていられなかった」
「それで、あなたは被害者を?」
「はい」
「あなた自身の意思ではなかったと?」
そこで僕は、はっきりと首を横に振った。
「違います」
法廷の空気が変わるのがわかった。
「僕がやったことです。僕が、殺した」
「では、なぜ」
喉は乾いていた。
それでも、今だけは誤魔化したくなかった。
「彼女を愛していたからです」
一瞬、誰かが息を呑んだ気配がした。
僕は続けた。
「でも、それだけじゃない。たぶん僕は、彼女を救いたかったんじゃない。彼女に必要とされたかったんです。紬が死んで、知佳が壊れて、もう僕しかいないと思った。そう思いたかった」
自分で言いながら、その言葉が胸を裂いた。
「僕は、正義じゃありません。被害者でもありません。愛していた人の絶望を、自分の手で終わらせられると思い込んだ、傲慢な人間です」
証言台の上で、視界が滲んだ。
紬のことを思い出していた。
嬉しい時に泣く子だった。
ケーキひとつで泣きそうに笑って、母親が幸せそうなだけで安心して、晴人さんがお父さんになったらいいなと、本気で思える子だった。
もし来世があるなら、またママのもとに生まれたい。
今度は、ママの大好きな人との子供として。
その文字は今でも頭の中に残っている。
裁判官が最後に何かを言った。
でも、僕の耳にはうまく入らなかった。
ただ、知佳の瞳だけが浮かんでいた。
嬉しい時も。
悲しい時も。
壊れそうな時も。
いつも少しだけ濡れて見えた瞳。
僕は結局、その涙の意味を最後まで知ることができなかった。




