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Rage -黒き獣の慟哭-  作者: 白猫矜持
Alter-Hope
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23/24

Epilogue.1 (with, illust)

挿絵提供、ばしこ氏


挿絵(By みてみん)






 ゆらゆらと、たゆたっていた。


 真っ白な、果てしない海の中を、どこまでも漂っていく感覚。上も下も、右も左も分からない。ただ自分だけがそこにいて、永遠の時を彷徨い続けるような孤独感だけがあった。


 ――私、死んだのかな――


 あの一瞬、何が起きたのかはよく覚えていない。しかし、ルリネは自分がどうなったのかということは、おぼろげな感覚で分かっていた。


 不思議と悲しみはなかった。どうすることもできない、抗うことのできない運命のようなものに、空しさを感じる。けれども、それ以上に、彼女は満ち足りていた。


 ――どこに向かっているんだろう――


 もしこれが死だとしたら、ここは天国なのだろうか。それとも、その道中か、あるいは地獄だったりするのかもしれない。


 それにしては、身体がとても温かい。いや、周りの真っ白な空間がそうなのだろうか。


 ふと誰かが呼ぶ声が聞こえた。


 その男の声は必死で、今にも泣き出してしまいそうな、答えてあげたい声で――


「冴島くん――?」


 白に満たされた空間に、ユウトの姿が浮かび上がる。


「ルリネ……」


 ユウトの顔は、安堵に満ちていた。ずっと昔に失くしてしまったものを探し続けて、ようやく見つけ出したような喜びに。


 それよりも、ルリネはユウトの言葉に驚きと嬉しさを隠せなかった。


「初めてだね、名前で呼んでくれたの」


 ユウトは顔を少しだけ伏せる。


「すまない、気に障ったのなら――」

「ううん、すごく嬉しい」


 ルリネは、満面の笑みを送る。


 ユウトは仄かな笑みを返す。


「ごめんね、みんなが私を守ってくれたのに……」

「俺たちは負けていない」

「え――?」


 自信をもって、ユウトはそう言っていた。負けていないということは、敵の攻撃に耐え凌いだということ――しかし、自分は。


「ルリネが謝る必要なんかない。生きている――それだけでいいんだ」


 どんなに理不尽で不条理な、逆らえない壁に突き当たったとしても、絶対に大丈夫だ。そうユウトの表情は物語っていた。


 それが何を意味するのか、ルリネにはすぐに分かった。


「まって――」


 手を伸ばす。すぐそこにユウトの姿はある。だけど、無限の距離があるかのように、手は届かない。


「どうして? どうしていつも私だけ――!」


 どれだけ足を動かしても、距離は縮まらない。


「いつも私だけ助けられてっ……そんなのって……!」


 視界が揺れていく。ユウトの姿がぼやけていく。


 零れ落ちる雫を拭い、ルリネは茫然と立ち尽くした。思い起こされる多くの出来事。ユウトはいつもルリネを助けてくれていた。初めて会ったときも、怪物との戦いの中でも、いつも身を挺して救ってくれた。


「私、なにもしていないのに……なにもできないのに……」


 震える体に、手が回される。見上げたそこに、ユウトの顔があった。


「ありがとう、ルリネ」


 鼓動を感じる。ユウトの心臓。生きている命の声。


「俺は人間でありたかった。アニマではなく、一人の人間として。その願いを叶えてくれたのは、ルリネだ。俺の生きる意味であってくれた」

「……ずるいよ。お礼を言わなきゃならないのは私なのに。いつも言われてばかり……私、まだ一度も、あなたにお礼を言えてないよ……」

「いいんだ。ルリネが生きている限り、俺は生き続ける。生きてくれることが、十分のお礼だ」

「――――っ」


 触れ合う身体が、まばゆい光に包まれていく。


「一緒に生きよう、ルリネ」

「――うん」


 重なり合う。身体が――魂が。


 生きてと望んでくれるのなら、私は生きる。


 たとえどんな困難が待っていたとしても。どんな絶望が襲ってきたとしても。


 私は、一人じゃない。



               ■



 視界に入ってきたのは、白い天井。見慣れない光景に、戸惑いを覚える。横に視線をずらすと、今ではすっかり見慣れた顔が目に入る。


「ルリネ……!」


 優しい抱擁がルリネを包む。


「エリナちゃん……ただいま」

「よかった――よかったよ――!」


 エリナの目に下には隈が浮いていた。自分が目を覚ますまでの間、ずっと待っていてくれたのだろう。自分はどれほど眠っていたのだろうか。


「無事でよかった」


 ルリネが笑顔でそう口にする。するとエリナは、腫らした目をきょとんと丸くして、


「それはこっちの台詞よ……!」

「ごめん。でも、また顔を見られて、それが嬉しくて」

「心配、したんだからね」

「うん……ありがとう」


 ひとしきりエリナが泣き終わるのを待ってから、ルリネは思い出したように言う。


「そういえば、あのとき話そうとしてたことって……?」


 レギオンとの最終決戦の直前、エリナは話があると自分の部屋に来たのだ。そこでルリネが彼のボタンを見つけ、そのまま話を聞けないままだった。


「あ、あれは――」


 エリナの顔に雲がかかる。大した話じゃないとは言っていたが、きっとそうではないのだろう。ルリネを傷つけないために、嘘をついていた。優しい嘘を。でも、今は受け止めることができる。それが自分のためについてくれた嘘だって分かっているから。


「その、私――」


 意を決したようにエリナは口を開く。


 と、そこで病室に来訪者がある。松葉杖をついた東地ケイと、白衣ではなく珍しい私服姿の香曽我部キョウカだ。二人とも上体を起こしているルリネの姿を認めるや、歓喜の色合いを顔に浮かべる。


「おお、目が覚めたか、御堂」

「先生……二人とも、怪我は大丈夫ですか?」


 ケイもキョウカも、体のどこかしらに包帯を巻いている。しかし二人は、特に気にした様子もなく、いつもの飄々とした態度で答える。


「なあに、名誉の負傷ってやつだ。すぐに治るさ」

「君はどうだ、体調は?」

「私は、大丈夫です。ありがとうございます」

「そうか、それはよかった……しかし、残念なことを知らせなければならない」

「……なんですか?」


 不安を浮かべるルリネに、キョウカは困惑したように眉根を寄せ、ケイの表情を窺う。ケイは一度、小さな首肯を返した。


 キョウカはルリネに向き直る。


「私たちは、もう君の先生ではないんだ」

「先生じゃなくなるって、それじゃあ――」


 キョウカは、悔いを拭いきれない様子だ。


「私たちは、ヴァランディンを追って君の学校に潜入した。君がレギオンに襲われたのは、本当に偶然、運が悪かったとしか言いようがない。ともかく、今回はこうして凌ぐことができた……だが、私たちの本当の目的はヴァランディンなんだ」

「じゃあ、AMIAは、今はどこに……?」


 キョウカはケイと顔を見合わせる。それでも、やはり隠し通しておくわけにもいかないと判断したのだろう、キョウカは突然重くなってしまった口をどうにか開く。


「ヴァランディンは……今、私たちの元にある。だが、冴島ユウトは――」

「私、分かっていますよ」


 キョウカの言葉を遮って、ルリネは断固とした口調で言ってのけた。


「冴島くんは、ここで、生きてますから」


 自らの胸に手を当てる。鼓動が伝わる。自分の心臓――あの一瞬で失ってしまったもの。それを、ユウトが補っている。確かに感じている。共に生きていると。


 ――私は、一人じゃない。


「大丈夫です。私は」


 眼鏡の奥で、無垢な瞳が湛える光は、みなが守った光。人間の持つ、本当の強さ。


 私はその光を生かすために生きよう。人として。御堂ルリネとして。


「そうか。強くなったな、君は」


 キョウカの眼差しは、教え子の逞しい成長を見守る教師のようだった。


 ルリネは笑顔を返す。自然に笑うことができるようになった顔で。


「その、私……」


 それまで口をつぐんでいたエリナが、ルリネに悲しみを灯した瞳を向ける。


「行かなきゃいけないの。戦わなきゃ。誰かのために」

「……そう、だよね」


 それが、アニマを持つエリナの使命だったから。ルリネは、彼女の気持ちを痛いほど分かっていた。

 だから、自分にできることは。


「守って。その力で。私を守ってくれた、その手で」


 ルリネは、エリナの手に自分のそれを重ねた。


「きっと、もう誰にも負けないから。エリナちゃんなら、絶対守れるよ」

「ルリネ……ありがとう」

「けれど、たまには、連絡してね」

「ええ、もちろんよ。必ず」


 エリナは、自分の力で迷いを断ち切ったようだった。


 彼女が戦い続けるというならば、私はここで待っていよう。祈っていよう。信じ続けていよう、彼女の帰りを。


 それがきっと、私にできることだから。


「ねえ、最後に一つ、お願いがあるの」


 ルリネはわずかに頬を紅潮させて言った。


「お願い?」

「うん。私ね――」


 一つだけ、ずっと、果たせなかったことがある。


 彼に、言えなかったことがあった。


 それは――




To be continued.

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