Epilogue.2
そこは、使用者が不在になり久しい倉庫を改造した、アニマネットワークの拠点のひとつだった。日本各所、そして世界のいたるところに点在する拠点の数は、ネットワーク内在者でも正確な把握が難しい。秘密裏に政府によって公認された施設もあれば、一定期間に使用を限定した場所もある。
その倉庫もまた、短期間だけの使用を想定していたため、内部の改修はほとんどされていない。そもそも利用の目的が、ヴァランディンの整備だというのだから、長居する理由もない。ある程度の整備が終われば、より西へ移動する予定だ。
ヴァランディンには、外部音声出力装置を取り付けている最中だった。もとより人間が装着することを想定した機甲兵器であるだけに、AMIAそのものが発する言語、メッセージの類を音声化するということは考慮されていなかった。AMIAの意識、意志などは求められていない。今までは、そうだ。
しかし、このヴァランディンは違う。
AMIAの起動に必要なものは、人間としての生。そして、その生は状態でもある。冴島ユウトは、ヴァランディンを起動させたまま自己の存在から切り離した。それもまた、彼のアニマとしての能力だけが成せる業だった。
ヴァランディンは、起動している。だが、主となる装着者がいないために行動することはない。もっとも、かつてのように単独で暴走し、どこかに飛び去るという可能性も想定できた。だが、今のところはその気配もない。
「――これで完了だ」
音声装置とコアの理論言語回路、すなわち人間で言うところの言語野とをリンクさせる。その作業を終えたキョウカは、操作していた情報端末から目を離す。
「これで、ヴァランディンは喋れるようになった、ってことか?」
工程を見守っていたケイは、沈黙するヴァランディンをこつこつと叩いた。寝かされた黒の機甲兵器は、かすかな熱を帯びている。ジェネレーターが最低限の振動を起こしていた。
「理論的には、そうだな。何か外部に伝えたいことがあれば、私たちに教えてくれるはずだ」
「伝えたいこと?」
「たとえば、レギオンが迫っている、とかな。ヴァランディンの波動関数探査範囲は、私のスティンガーを上回っている。動けないとしても、それを教えてくれるだけで大助かりだ」
「なるほどな」
おぼろげに理解したような表情で、ケイは頷いた。
そこへ、仮眠を終えたエリナがやってくる。
「終わったんですか、作業」
「ああ、一通りのことはできたはずだ。試験をしてみよう」
情報端末でヴァランディンに索敵の命令を送る。わずかの間があって、ヴァランディンの頭部に備え付けられた音声装置から、結果が報告される。
『各種センサー類に反応なし。レギオンの存在は確認されません』
「……なんだか、彼にそっくりの声ですね」
エリナの言葉の通り、ヴァランディンの音声装置から発せられる合成音声は、まさしく冴島ユウトのものと酷似していた。若干のエコーがかかっているものの、人間のそれと大差ない。
「彼とヴァランディンは、まさにひとつの存在になろうとしていたのかもしれないな。アニマもAMIAも超越した、かつてない大きな何者かに」
キョウカの考えを裏付けるかのように、ヴァランディンのコアにはある膨大なデータが記録されていた。複雑に暗号化されたそれがいったい何であるのか、キョウカは幾度も解読を試みた。しかし、そのたびにヴァランディンはそれを邪魔するのだ。『アクセスを拒否します』と警告を発してくるのである。
ヴァランディンは、いってみれば野生の機械のようなものだ。何を考えているのか、何をしようとしているのか、さっぱり予想がつかない。
そんな機甲兵器を少しでも理解するための、音声装置なのである。
「それで、どうなんだ? 御堂の頼みとやらは、叶えられそうなのか?」
「ああ、一応はできると思う。だが、彼女が望む結果が得られるのかどうか疑問だが――エリナ、彼女からの手紙は持っているか?」
「はい、ありますよ、ここに」
エリナの手元には、可愛らしい封筒に入った、一通の手紙がある。それが、御堂ルリネがエリナに託した最後の願いだ。
「でも、本当に読んでくれるんですか? AMIAなのに……」
「ヴァランディンがどれほど独立して動いているのか分からない以上、予想もつかないな。ある程度自立しているのであれば、そうだな、読んだ感想ぐらいはくれるのかもしれないが」
エリナから手紙を受け取ったキョウカは、小型のスキャナーで手紙を読み取った。データはヴァランディンの視覚センサーと同期し、一枚の画像としてヴァランディンの中で処理される。それはいかなる反応を呼ぶのだろうか。
「……」
三人が固唾を飲んで見守るなか、ヴァランディンはX字のセンサーアイをかすかに明滅させる。そして、数秒も経たないうちに、音声装置は反応を見せる。
『――画像解析、完了しました』
声色は、相変わらず無機質だ。
「……それで、どう、だったの?」
おそるおそるといった表情で、エリナは尋ねる。
『――』
ヴァランディンは沈黙したままだ。
少女からの手紙には、命を救ってくれた少年に対する想いが綴られていた。学校生活でのこと、レギオンとの過酷な戦いのこと、冴島ユウトのこと、そしてルリネ自身のこと。
そして手紙は、ある一言で結ばれていた。
ありがとう、と。
それを伝えることが、ルリネの最後の願いだった。
「やっぱり、駄目だったのかしら……」
落胆が三人の間に広がっていった。
だが――それを払拭するかのように。
「……なんだ、これは?」
端末に表示される文字列は、ヴァランディンの状態をモニターしていた。それが今、めまぐるしく変化を始めている。まるで破壊と創造。書き換えられてゆく。ヴァランディンの基礎を構築するプログラムが。
「どうした、キョウカ? 何が起こっているんだ?」
「分からない、これは……これは、まるで」
激しい文字列の変化が、ひとつの方向性を示していた。ヴァランディンのコアに記録された正体不明の膨大なデータ。それを基礎として、中心として、まったく新しいシステムが構築されてゆくのだ。
まるで、命の誕生だ。
自己の定義。己の存在意義。我は何者であるか。
すべてが、書き換えられてゆく。
コアの深淵から、それは生命の叫びのように響いてくる。
「うそ……どうして……?」
エリナの驚愕に満ちた声で、キョウカとケイは視線をヴァランディンへと向けた。仰臥していたはずの漆黒の機体が、立ち上がっていた。装着者のいないまま、自らの力で。
自らの意志で。
「ヴァランディン、あなたは――」
エリナの唖然とした呟きに、ヴァランディンは全身を走る真紅のラインを明滅させる。
『その呼び方は不適切だ、九条』
ヴァランディンの声音は、まるで彼が目の前にいるかのように、生々しい。
血の色のコアに収められた、膨大なデータ。その正体が今、明らかになろうとしていた。
少年の魂は、彼が守りたかった少女の元で、今も生き続けている。
では、少年の記憶は。その意志は。
『俺の名前は――』
希望は受け継がれる。
人の意志がそこにある限り。
Rage, Fin.
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