↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/15

第10話 異世界で会社を作ります

「礼拝のあとに、皆さんにお話しされてはいかがですか?」

朝食の席で、ラフィがそう言った。

「町の方が、いちばん大勢集まるのは、教会ですもの」


 なるほど、と思った。人前で話す。少し前の俺なら、聞いただけで逃げ出していただろう。だが、この町に来てから、マイナと話し、ハンスと話し、魔女とまで話した。最後のは、雑談だったが。


「……やってみます」


 自分でも驚くほど、すんなり言えた。


 *


 準備は、完璧だった。


 お金の集め方。儲けの分け方。損をしたときの話。町の人に伝わるように、難しい言葉は全部、商いの言葉に置き換えた。受験勉強で鍛えたまとめる力を、全部つぎこんだ。


 ただ一つ、準備していないことがあった。

 最初に何を言うか、である。


 中身は完璧なのに、入り方を考えていなかった。家を建てたのに、玄関をつけ忘れたようなものだ。


 *


 礼拝堂には、三十人ほどが集まっていた。


 ずらりと並んだ顔が、全部、こちらを見ている。一番後ろの扉の陰では、ノアが首だけ出して覗いていた。


 俺は、息を吸った。


「えー、本日は、お日柄もよく」


 しん、とした。


 違う。これは、結婚式の挨拶だ。前に魔女相手にお見合いの質問をしてから、どうも俺の口は、そっち方面に流れやすい。


「……ええと。今日は、お金の話をしに来ました」


 ざわ、と空気が動いた。最悪の言い直しである。


 会社、と言いかけて、飲みこんだ。この世界に、その言葉はない。


 だが、この町には、商いをしている人が多い。商いの話なら、きっと伝わる。


「皆さんの多くは、ご自分のお金か、先代から受け継いだお金で、商いをされていると思います」


 前の方で、何人かが頷いた。


「今回ご提案するのは、その応用です。一人のお金ではなく、大勢でお金を出し合って、一つの商いをしよう、という話です」

「どういうことだ。もったいぶらず、詳しく教えてくれ」


 声を上げたのは、パン屋の主人らしい男だった。


「つまり、皆さんに、この札を買っていただきたいんです」


 俺は、用意してきた紙の束を掲げた。教会で分けてもらった、古い紙の端切れだ。


「札一枚が、銅貨五枚です。いただいたお金で、遠くの森から松脂をまとめて買い付けて、たいまつを作って売ります」

「その紙切れが、何になるんだい」

「この札を持っている人は、この商いの持ち主の一人になります。儲けが出たら、持っている札の枚数に応じて、儲けを分けます。三枚持っている人は、一枚の人の三倍です。畑でいえば、豊作の年に、取れた分を分け合うようなものです」


 農夫らしい男が、ああ、と声を漏らした。


「それから、この札は、人に売ることもできます。急にお金が要るようになったら、札ごと誰かに買ってもらえばいい。商いがうまくいけば、札そのものの値打ちも上がります。銅貨五枚で買った札が、八枚で売れるかもしれません」


 ざわめきが、一段大きくなった。


「紙切れが、銅貨に化けるってのか」

「そんな商い、聞いたこともねぇ」


 現代でいえば、株券だ。もちろん、その言葉は使わなかった。言ったところで、誰にも通じない。


「で、うまくいかなかったら、どうなるんだ」


 一番後ろの席から、年配の男が言った。腕を組んで、目が笑っていない。


「……そのときは、札の値打ちが下がります。儲けが出なければ、お返しもできません。いちばん悪い場合は、出していただいたお金は、戻りません」


 空気が、一気に冷えた。


「坊や、正直すぎるよ」

 後ろの方で、マイナが小声でぼやくのが聞こえた。


 わかっている。商いの話をするなら、うまい話だけをすればいい。だが、嘘をついて集めたお金で、この町の夜を明るくしても、意味がない気がした。


「ただ、損をするのは、札を買った分だけです。札一枚なら、銅貨五枚。それ以上の借金を背負うことも、家や畑を取られることも、ありません」

「……そりゃ、助かるな」


 年配の男が、少しだけ腕をほどいた。


 俺は、紙の束を下ろした。用意してきた話は、ここまでだ。

 だが、口が、まだ止まらなかった。


「この町に来て、最初の夜、窓から外を見ました」


 自分でも、何を話し始めたのかわからなかった。


「家の戸口のたいまつが、夜が更けるにつれて、一つ、また一つと消えていきました。火が消えるたびに、どこかの家の誰かが、暗い中で朝を待っているんだと思いました」


 礼拝堂は、静かだった。


「俺は、それを、どうにかしたいんです。お金が欲しいわけじゃありません。この町の夜を、少しでも明るくしたい。それだけなんです」


 言い終えてから、気づいた。


 一度も、噛まなかった。


 そして。


 言い切ったあとのことを、何も考えていなかった。


 沈黙。


 三十人が、俺の次の言葉を待っている。俺も、俺の次の言葉を待っている。


「……以上です」


 沈黙。


「……ご清聴、ありがとうございました」


 沈黙が、さらに深くなった。


 ラフィが、最前列で小さく手を振っている。何か言って、の合図らしい。わかっている。わかっているが、出てこない。


「し、質問は、ありますか」


 一本、手が上がった。助かった。


「その白い馬は、何を食うんだ?」


 お金の話ではないのか。


「ぶ、葡萄(ぶどう)です」

「贅沢な馬だなぁ」


 どっと笑いが起きた。扉の陰で、ノアがぷいっと顔を引っこめた。


 *


 笑いが収まると、また静かになった。

 誰も、動かない。話はわかった。だが、金を出すとなると別だ。ユニコーンを連れた、どこから来たかもわからない若者に、大事な銅貨を預ける理由はない。


 当然だ。俺だって、そう思う。


「あたしが、札を四枚買うよ」


 声がした。後ろの席で、マイナが腕を組んで立ち上がっていた。


「この坊やのたいまつで、三日で儲けが倍になったんだ。賭けるなら、こっちに賭けるね」

「……俺も出す」


 隣で、ハンスが渋い顔のまま手を上げた。


「巻き方の礼だ。それに、あの馬が出入りする店なら、悪いことにはならねぇ」


 理由が、ノアだった。


「うちも、お願いします」


 森で助けた青年と、その母親だった。


「息子の命の分です。これくらいは、させてください」


 一人が立つと、また一人。銅貨が五枚、十枚、と、テーブルの上に置かれていく。気づけば、銅貨が山のように積まれていた。


 *


「で、名前はどうするんだい」

 帰り際、マイナが言った。


「名前?」

「商いをするなら、名前がなきゃ締まらないよ」


 名前。


 頭の中で、ページがめくれた。古い言葉で、光を意味する語。灯りを運ぶ者。始まりの火。由来なら、いくらでも語れる。


「それなら、遠い国の古い言葉で、光を意味する――」

「ゼノさん」


 ラフィが、にっこり笑った。

「短めに、お願いしますわ」


 ……はい。


 結局、名前は「ミルフォード灯火商会」に決まった。町の名前と、灯りと、商い。誰が聞いても、何の店かわかる。


 もっとも、町の人たちは、その日のうちに勝手な呼び名をつけていた。


「坊やの店」


 由来のかけらもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。