第10話 異世界で会社を作ります
「礼拝のあとに、皆さんにお話しされてはいかがですか?」
朝食の席で、ラフィがそう言った。
「町の方が、いちばん大勢集まるのは、教会ですもの」
なるほど、と思った。人前で話す。少し前の俺なら、聞いただけで逃げ出していただろう。だが、この町に来てから、マイナと話し、ハンスと話し、魔女とまで話した。最後のは、雑談だったが。
「……やってみます」
自分でも驚くほど、すんなり言えた。
*
準備は、完璧だった。
お金の集め方。儲けの分け方。損をしたときの話。町の人に伝わるように、難しい言葉は全部、商いの言葉に置き換えた。受験勉強で鍛えたまとめる力を、全部つぎこんだ。
ただ一つ、準備していないことがあった。
最初に何を言うか、である。
中身は完璧なのに、入り方を考えていなかった。家を建てたのに、玄関をつけ忘れたようなものだ。
*
礼拝堂には、三十人ほどが集まっていた。
ずらりと並んだ顔が、全部、こちらを見ている。一番後ろの扉の陰では、ノアが首だけ出して覗いていた。
俺は、息を吸った。
「えー、本日は、お日柄もよく」
しん、とした。
違う。これは、結婚式の挨拶だ。前に魔女相手にお見合いの質問をしてから、どうも俺の口は、そっち方面に流れやすい。
「……ええと。今日は、お金の話をしに来ました」
ざわ、と空気が動いた。最悪の言い直しである。
会社、と言いかけて、飲みこんだ。この世界に、その言葉はない。
だが、この町には、商いをしている人が多い。商いの話なら、きっと伝わる。
「皆さんの多くは、ご自分のお金か、先代から受け継いだお金で、商いをされていると思います」
前の方で、何人かが頷いた。
「今回ご提案するのは、その応用です。一人のお金ではなく、大勢でお金を出し合って、一つの商いをしよう、という話です」
「どういうことだ。もったいぶらず、詳しく教えてくれ」
声を上げたのは、パン屋の主人らしい男だった。
「つまり、皆さんに、この札を買っていただきたいんです」
俺は、用意してきた紙の束を掲げた。教会で分けてもらった、古い紙の端切れだ。
「札一枚が、銅貨五枚です。いただいたお金で、遠くの森から松脂をまとめて買い付けて、たいまつを作って売ります」
「その紙切れが、何になるんだい」
「この札を持っている人は、この商いの持ち主の一人になります。儲けが出たら、持っている札の枚数に応じて、儲けを分けます。三枚持っている人は、一枚の人の三倍です。畑でいえば、豊作の年に、取れた分を分け合うようなものです」
農夫らしい男が、ああ、と声を漏らした。
「それから、この札は、人に売ることもできます。急にお金が要るようになったら、札ごと誰かに買ってもらえばいい。商いがうまくいけば、札そのものの値打ちも上がります。銅貨五枚で買った札が、八枚で売れるかもしれません」
ざわめきが、一段大きくなった。
「紙切れが、銅貨に化けるってのか」
「そんな商い、聞いたこともねぇ」
現代でいえば、株券だ。もちろん、その言葉は使わなかった。言ったところで、誰にも通じない。
「で、うまくいかなかったら、どうなるんだ」
一番後ろの席から、年配の男が言った。腕を組んで、目が笑っていない。
「……そのときは、札の値打ちが下がります。儲けが出なければ、お返しもできません。いちばん悪い場合は、出していただいたお金は、戻りません」
空気が、一気に冷えた。
「坊や、正直すぎるよ」
後ろの方で、マイナが小声でぼやくのが聞こえた。
わかっている。商いの話をするなら、うまい話だけをすればいい。だが、嘘をついて集めたお金で、この町の夜を明るくしても、意味がない気がした。
「ただ、損をするのは、札を買った分だけです。札一枚なら、銅貨五枚。それ以上の借金を背負うことも、家や畑を取られることも、ありません」
「……そりゃ、助かるな」
年配の男が、少しだけ腕をほどいた。
俺は、紙の束を下ろした。用意してきた話は、ここまでだ。
だが、口が、まだ止まらなかった。
「この町に来て、最初の夜、窓から外を見ました」
自分でも、何を話し始めたのかわからなかった。
「家の戸口のたいまつが、夜が更けるにつれて、一つ、また一つと消えていきました。火が消えるたびに、どこかの家の誰かが、暗い中で朝を待っているんだと思いました」
礼拝堂は、静かだった。
「俺は、それを、どうにかしたいんです。お金が欲しいわけじゃありません。この町の夜を、少しでも明るくしたい。それだけなんです」
言い終えてから、気づいた。
一度も、噛まなかった。
そして。
言い切ったあとのことを、何も考えていなかった。
沈黙。
三十人が、俺の次の言葉を待っている。俺も、俺の次の言葉を待っている。
「……以上です」
沈黙。
「……ご清聴、ありがとうございました」
沈黙が、さらに深くなった。
ラフィが、最前列で小さく手を振っている。何か言って、の合図らしい。わかっている。わかっているが、出てこない。
「し、質問は、ありますか」
一本、手が上がった。助かった。
「その白い馬は、何を食うんだ?」
お金の話ではないのか。
「ぶ、葡萄です」
「贅沢な馬だなぁ」
どっと笑いが起きた。扉の陰で、ノアがぷいっと顔を引っこめた。
*
笑いが収まると、また静かになった。
誰も、動かない。話はわかった。だが、金を出すとなると別だ。ユニコーンを連れた、どこから来たかもわからない若者に、大事な銅貨を預ける理由はない。
当然だ。俺だって、そう思う。
「あたしが、札を四枚買うよ」
声がした。後ろの席で、マイナが腕を組んで立ち上がっていた。
「この坊やのたいまつで、三日で儲けが倍になったんだ。賭けるなら、こっちに賭けるね」
「……俺も出す」
隣で、ハンスが渋い顔のまま手を上げた。
「巻き方の礼だ。それに、あの馬が出入りする店なら、悪いことにはならねぇ」
理由が、ノアだった。
「うちも、お願いします」
森で助けた青年と、その母親だった。
「息子の命の分です。これくらいは、させてください」
一人が立つと、また一人。銅貨が五枚、十枚、と、テーブルの上に置かれていく。気づけば、銅貨が山のように積まれていた。
*
「で、名前はどうするんだい」
帰り際、マイナが言った。
「名前?」
「商いをするなら、名前がなきゃ締まらないよ」
名前。
頭の中で、ページがめくれた。古い言葉で、光を意味する語。灯りを運ぶ者。始まりの火。由来なら、いくらでも語れる。
「それなら、遠い国の古い言葉で、光を意味する――」
「ゼノさん」
ラフィが、にっこり笑った。
「短めに、お願いしますわ」
……はい。
結局、名前は「ミルフォード灯火商会」に決まった。町の名前と、灯りと、商い。誰が聞いても、何の店かわかる。
もっとも、町の人たちは、その日のうちに勝手な呼び名をつけていた。
「坊やの店」
由来のかけらもなかった。




