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まほうのピルケース   作者: 南 春


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6/13

月の部屋

 モモトとオーディがジョーザイ王国へ戻ると、城の門の前には大勢の兵士たちが集まっていた。


「オーディだ!」


「命の泉の水を持ち帰ったぞ!」


 兵士たちの声を聞きつけ、城の中からも人々が次々と飛び出してくる。


 水がなくなり、弱っていたジョーザイたちも、壁や柱につかまりながら二人を出迎えた。


「本当に見つけたのか?」


「湧き水は、まだ枯れていなかったんだ!」


 モモトは胸に抱えていた聖杯を見下ろした。


 聖杯の中では、命の泉の水が淡い光を放っている。


「急ごう。」


 オーディにうながされ、モモトは城の奥にある王の広間へ向かった。


     *


 大きな扉が開く。


 広間の一番奥には、フィルム王が座っていた。


 つやのある白い体は、先ほどよりも輝きを失っているように見えた。


 その両脇には、大きな盾を持ったチュアブルと、王国の重臣たちが並んでいる。


「王よ。」


 オーディは王の前にひざまずいた。


「命の泉の水を、持ち帰りました。」


 広間がどよめいた。


 モモトは両手で聖杯を持ち、王の前へ進み出た。


「これを王国の泉に入れればいいんだよね。」


 フィルム王は玉座から立ち上がった。


「よくぞ持ち帰ってくれた。」


 モモトから聖杯を受け取ると、王は重臣たちに命じた。


「ただちに王国の泉へ運ぶのじゃ!」


 聖杯は、兵士たちの手によって広間の外へ運ばれていった。


 しばらくすると、遠くから歓声が聞こえてきた。


「水だ!」


「泉から水が出たぞ!」


 フィルム王は、ゆっくりとモモトへ向き直った。


「モモトよ。」


 王の声に、モモトは背筋を伸ばした。


「わしは、おぬしをノミ・ワスーレではないかと疑った。」


王は深く頭を下げた。


「許してほしい。」


モモトは困ったように笑った。


「そんなことされたら、ぼくのほうが困っちゃいます。」


「もう気にしてません。」


 そして、王は広間に集まった者たちへ声を上げた。


「聞け、皆の者!」


「この少年は、命の泉の水を持ち帰り、ジョーザイ王国を救ってくれた。」


「モモトは、我らの敵ではない!」


 広間に大きな拍手が響いた。


 さきほどまで厳しい顔をしていた重臣たちも、次々とモモトへ頭を下げる。


「ありがとう、モモト殿。」


「疑ってしまい、申し訳なかった。」


 チュアブルは大きな盾を床へ置くと、モモトの肩を軽くたたいた。


「よくオーディを連れて帰ってくれた。」


「違うよ。助けてもらったのは僕の方だよ。」


 モモトが答えると、隣に立っていたオーディは、少し照れくさそうに顔をそらした。


     *


 その夜、城では盛大な祝宴が開かれた。


 長いテーブルには、色とりどりの料理が並べられている。


 王国の者たちは代わる代わるモモトのもとを訪れた。


「命の泉の水は、本当に光っていたのか?」


「ヒートは、どれくらい大きかった?」


 一度に話しかけられ、モモトはどの質問から答えればいいのか分からなくなった。


「ちょっと待って。一人ずつ聞いてよ。」


 モモトが困っていると、オーディが間に立った。


「モモトは疲れている。少し休ませてやれ。」


「もうモモト殿の護衛になったのか?」


「ち、違う!」


 オーディが慌てて否定すると、周りから笑い声が上がった。


 モモトもつられて笑った。


 楽しいはずだった。


 けれど、胸の奥には小さな不安が残っていた。


 お母さんは、どうしているだろう。


 自分の部屋を探しているかもしれない。


 モモトは笑っているみんなの顔を見ながら、フィルム王に尋ねた。


「王様。」


「どうした、モモト。」


「僕、元の世界に帰りたいんだ。」


フィルム王は眉をひそめた。


「……元の世界?」


「うん。」


「僕は、この世界の人間じゃない。」


「気づいたら、この国に来てたんだ。」


祝宴のにぎやかな声が、少しだけ遠くなる。


フィルム王は静かにモモトを見つめた。


「おぬしの話では、空の上でも海の向こうでもない、まったく別の世界ということか。」


「そう。」


「家族が待ってるんだ。」


フィルム王はしばらく黙り込んだ。


やがて、申し訳なさそうに首を横へ振る。


「……すまぬ。」


「わしにも、そのような世界のことは分からぬ。」


「確かに、そなたの持つその箱に刻まれた七つの印は、我々の世界の刻印じゃ。でも7つも揃っているものを見たことがない。」


「そうなんだ……。」


「何か力になってやりたいが。よし、王国中の書物を調べさせよう。」


 王は力強く言った。


「必ず、何か手がかりがあるはずじゃ。」


「ありがとう。」


 モモトは笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


     *


 祝宴を抜け出したモモトは、城のベランダに立っていた。


 夜空には、大きな満月が浮かんでいる。


 下を見ると、王国の中央にある泉から、再び水が流れ始めていた。


 水を手にすくう者。


 家族と抱き合う者。


 泉の周りでは、王国の人々が喜びの声を上げている。


 王国を助けることができた。


 それは、うれしかった。


 でも、このまま家へ帰れなかったらどうしよう。


 お母さんや学校の友達に、もう会えなくなってしまうのだろうか。


「ここにいたのか。」


 後ろから声がした。


 振り返ると、オーディが立っていた。


「祝宴の主役がいなくなったから、みんな探しているぞ。」


「僕より、オーディの方が主役だよ。」


「俺は命令された仕事をしただけだ。」


 オーディはモモトの隣へ並んだ。


 二人はしばらく黙って、王国の泉を見下ろしていた。


「モモト。」


 オーディが口を開いた。


「命の泉の水のおかげで、しばらくは王国も持ちこたえられる。」


「うん。」


「だが、雨が降らなければ、いつかまた水はなくなる。」


 モモトはオーディを見た。


「どうして雨が降らなくなったの?」


「分からない。」


 オーディは首を振った。


「これほど長く雨が降らなかったことは、今まで一度もなかったらしい。」


「もしかして、誰かが雨を止めてるのかな。」


「その可能性もある。」


 オーディはまっすぐモモトを見た。


「一緒に、雨が降らなくなった理由を探してくれないか。」


「僕が?」


「お前は、俺たちが知らないことを知っている。」


「命の泉でも、お前の知識が俺を助けてくれた。」


 オーディは一度言葉を止めた。


 モモトはうれしくなった。


「僕も行きたい。」


 そう答えたあと、満月を見上げる。


「でも、家にも帰りたいんだ。」


「そうだよな。」


「お母さんが心配してると思う。」


 オーディは少し考えてから尋ねた。


「そもそも、お前はどうやってこの国へ来たんだ?」


「このピルケースのふたを開けたんだ。」


 モモトはポケットからピルケースを取り出した。


「この月のふたを開けたら、風が吹いてきて、気がついたら王国にいた。」


「なら、もう一度開ければ帰れるんじゃないか?」


「僕もそう思って、さっき開けてみたんだ。」


 モモトは月のふたに指をかけた。


 カチッ。


 ふたが開く。


 けれど、何も起こらない。


 風も吹かなければ、光もあふれない。


「ほら。」


「開けるだけでは駄目なのか……。」


 オーディはピルケースをのぞき込んだ。


 七つに分かれた小さな部屋は、どれも空っぽだった。


「心配するな、モモト。」


 オーディは胸を張った。


「ジョーザイ王国の騎士は、助けられた恩を一生忘れない。」


「オーディ……。」


「必ず、元の世界へ戻る方法を見つけてやる。」


 そう言って、オーディはモモトの前へ手を差し出した。


「だから、それまでは俺を信じ――」


 そのときだった。


 月のふたが、カタカタと小さく震え始めた。


「えっ?」


 ピルケースの中から、白い風が吹き出した。


「何だ、これは!」


 風はオーディの周りをぐるぐると回り始めた。


 オーディの体が、淡い光に包まれる。


「オーディ!」


 モモトはオーディの腕をつかもうとした。


 けれど、その手は光をすり抜ける。


 オーディの体が、どんどん小さくなっていく。


「どうなってるんだ!」


「僕にも分からないよ!」


 オーディは白い光に吸い込まれ、そのまま月の部屋へ飛び込んだ。


 カチン。


 小さな音とともに、月のふたが閉じる。


     *


「うわっ!」


 モモトは椅子から転げ落ちた。


 目を開けると、そこは自分の部屋だった。


 机の上には国語の教科書と、やり終わった宿題が置かれている。


 カーテンの隙間からは、見慣れた町の明かりが見えた。


 モモトは自分の部屋の床へ転がり落ちた。


「戻ってきた……。」


 机の上には、やりかけの宿題。


 時計を見ると、針はほとんど進んでいなかった。


 モモトは慌ててピルケースを開いた。


 月の部屋には、一錠の白い薬が静かに入っている。


「オーディ……?」


 返事はない。


さっきまで話していた騎士の姿はなく、そこには月の印が刻まれた小さな錠剤があるだけだった。


 モモトはそっと指先で触れた。


 ほんのり温かい。


 生きているような気がした。


 モモトは錠剤を見つめた。


 そういえば、オーディの顔は、この錠剤によく似ていた。


 丸い形。


 なめらかな白い表面。


 そして、胸に輝いていた月の印。


「まさか……。」


 思わずつぶやく。


 けれど、すぐに首を横へ振った。


「そんなわけ、ないよね。」


 そのとき、リビングからお母さんの声が聞こえる。


「モモトー、ご飯よ!」


「はーい!」


 モモトはピルケースを大切に机の引き出しへしまった。


「待ってて、オーディ。」


「また、迎えに行くから。」


 月の印が、ほんの一瞬だけ淡く光ったような気がした。


 モモトはそれを見つめ、微笑んだ。


 ──薬には、まだ知らない役目がある。


 その秘密を知る旅は、まだ始まったばかりだった。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

『ジョーザイ王国とヒートドラゴン』は、これでひとつの物語として完結です。

でも、モモトの旅はまだ終わっていません。

ピルケースには、まだ六つの部屋が残っています。

次に開くのは、炎の部屋。

そこには、どんな仲間がいて、どんな冒険が待っているのでしょうか。

ジョーザイ王国で出会ったオーディも、きっとまたモモトと一緒に旅をしてくれます。

これから七つの国を巡りながら、薬に隠された「役目」を少しずつ見つけていく物語になります。

また次の冒険で、お会いできたらうれしいです。

ありがとうございました。

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