月の部屋
モモトとオーディがジョーザイ王国へ戻ると、城の門の前には大勢の兵士たちが集まっていた。
「オーディだ!」
「命の泉の水を持ち帰ったぞ!」
兵士たちの声を聞きつけ、城の中からも人々が次々と飛び出してくる。
水がなくなり、弱っていたジョーザイたちも、壁や柱につかまりながら二人を出迎えた。
「本当に見つけたのか?」
「湧き水は、まだ枯れていなかったんだ!」
モモトは胸に抱えていた聖杯を見下ろした。
聖杯の中では、命の泉の水が淡い光を放っている。
「急ごう。」
オーディにうながされ、モモトは城の奥にある王の広間へ向かった。
*
大きな扉が開く。
広間の一番奥には、フィルム王が座っていた。
つやのある白い体は、先ほどよりも輝きを失っているように見えた。
その両脇には、大きな盾を持ったチュアブルと、王国の重臣たちが並んでいる。
「王よ。」
オーディは王の前にひざまずいた。
「命の泉の水を、持ち帰りました。」
広間がどよめいた。
モモトは両手で聖杯を持ち、王の前へ進み出た。
「これを王国の泉に入れればいいんだよね。」
フィルム王は玉座から立ち上がった。
「よくぞ持ち帰ってくれた。」
モモトから聖杯を受け取ると、王は重臣たちに命じた。
「ただちに王国の泉へ運ぶのじゃ!」
聖杯は、兵士たちの手によって広間の外へ運ばれていった。
しばらくすると、遠くから歓声が聞こえてきた。
「水だ!」
「泉から水が出たぞ!」
フィルム王は、ゆっくりとモモトへ向き直った。
「モモトよ。」
王の声に、モモトは背筋を伸ばした。
「わしは、おぬしをノミ・ワスーレではないかと疑った。」
王は深く頭を下げた。
「許してほしい。」
モモトは困ったように笑った。
「そんなことされたら、ぼくのほうが困っちゃいます。」
「もう気にしてません。」
そして、王は広間に集まった者たちへ声を上げた。
「聞け、皆の者!」
「この少年は、命の泉の水を持ち帰り、ジョーザイ王国を救ってくれた。」
「モモトは、我らの敵ではない!」
広間に大きな拍手が響いた。
さきほどまで厳しい顔をしていた重臣たちも、次々とモモトへ頭を下げる。
「ありがとう、モモト殿。」
「疑ってしまい、申し訳なかった。」
チュアブルは大きな盾を床へ置くと、モモトの肩を軽くたたいた。
「よくオーディを連れて帰ってくれた。」
「違うよ。助けてもらったのは僕の方だよ。」
モモトが答えると、隣に立っていたオーディは、少し照れくさそうに顔をそらした。
*
その夜、城では盛大な祝宴が開かれた。
長いテーブルには、色とりどりの料理が並べられている。
王国の者たちは代わる代わるモモトのもとを訪れた。
「命の泉の水は、本当に光っていたのか?」
「ヒートは、どれくらい大きかった?」
一度に話しかけられ、モモトはどの質問から答えればいいのか分からなくなった。
「ちょっと待って。一人ずつ聞いてよ。」
モモトが困っていると、オーディが間に立った。
「モモトは疲れている。少し休ませてやれ。」
「もうモモト殿の護衛になったのか?」
「ち、違う!」
オーディが慌てて否定すると、周りから笑い声が上がった。
モモトもつられて笑った。
楽しいはずだった。
けれど、胸の奥には小さな不安が残っていた。
お母さんは、どうしているだろう。
自分の部屋を探しているかもしれない。
モモトは笑っているみんなの顔を見ながら、フィルム王に尋ねた。
「王様。」
「どうした、モモト。」
「僕、元の世界に帰りたいんだ。」
フィルム王は眉をひそめた。
「……元の世界?」
「うん。」
「僕は、この世界の人間じゃない。」
「気づいたら、この国に来てたんだ。」
祝宴のにぎやかな声が、少しだけ遠くなる。
フィルム王は静かにモモトを見つめた。
「おぬしの話では、空の上でも海の向こうでもない、まったく別の世界ということか。」
「そう。」
「家族が待ってるんだ。」
フィルム王はしばらく黙り込んだ。
やがて、申し訳なさそうに首を横へ振る。
「……すまぬ。」
「わしにも、そのような世界のことは分からぬ。」
「確かに、そなたの持つその箱に刻まれた七つの印は、我々の世界の刻印じゃ。でも7つも揃っているものを見たことがない。」
「そうなんだ……。」
「何か力になってやりたいが。よし、王国中の書物を調べさせよう。」
王は力強く言った。
「必ず、何か手がかりがあるはずじゃ。」
「ありがとう。」
モモトは笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
*
祝宴を抜け出したモモトは、城のベランダに立っていた。
夜空には、大きな満月が浮かんでいる。
下を見ると、王国の中央にある泉から、再び水が流れ始めていた。
水を手にすくう者。
家族と抱き合う者。
泉の周りでは、王国の人々が喜びの声を上げている。
王国を助けることができた。
それは、うれしかった。
でも、このまま家へ帰れなかったらどうしよう。
お母さんや学校の友達に、もう会えなくなってしまうのだろうか。
「ここにいたのか。」
後ろから声がした。
振り返ると、オーディが立っていた。
「祝宴の主役がいなくなったから、みんな探しているぞ。」
「僕より、オーディの方が主役だよ。」
「俺は命令された仕事をしただけだ。」
オーディはモモトの隣へ並んだ。
二人はしばらく黙って、王国の泉を見下ろしていた。
「モモト。」
オーディが口を開いた。
「命の泉の水のおかげで、しばらくは王国も持ちこたえられる。」
「うん。」
「だが、雨が降らなければ、いつかまた水はなくなる。」
モモトはオーディを見た。
「どうして雨が降らなくなったの?」
「分からない。」
オーディは首を振った。
「これほど長く雨が降らなかったことは、今まで一度もなかったらしい。」
「もしかして、誰かが雨を止めてるのかな。」
「その可能性もある。」
オーディはまっすぐモモトを見た。
「一緒に、雨が降らなくなった理由を探してくれないか。」
「僕が?」
「お前は、俺たちが知らないことを知っている。」
「命の泉でも、お前の知識が俺を助けてくれた。」
オーディは一度言葉を止めた。
モモトはうれしくなった。
「僕も行きたい。」
そう答えたあと、満月を見上げる。
「でも、家にも帰りたいんだ。」
「そうだよな。」
「お母さんが心配してると思う。」
オーディは少し考えてから尋ねた。
「そもそも、お前はどうやってこの国へ来たんだ?」
「このピルケースのふたを開けたんだ。」
モモトはポケットからピルケースを取り出した。
「この月のふたを開けたら、風が吹いてきて、気がついたら王国にいた。」
「なら、もう一度開ければ帰れるんじゃないか?」
「僕もそう思って、さっき開けてみたんだ。」
モモトは月のふたに指をかけた。
カチッ。
ふたが開く。
けれど、何も起こらない。
風も吹かなければ、光もあふれない。
「ほら。」
「開けるだけでは駄目なのか……。」
オーディはピルケースをのぞき込んだ。
七つに分かれた小さな部屋は、どれも空っぽだった。
「心配するな、モモト。」
オーディは胸を張った。
「ジョーザイ王国の騎士は、助けられた恩を一生忘れない。」
「オーディ……。」
「必ず、元の世界へ戻る方法を見つけてやる。」
そう言って、オーディはモモトの前へ手を差し出した。
「だから、それまでは俺を信じ――」
そのときだった。
月のふたが、カタカタと小さく震え始めた。
「えっ?」
ピルケースの中から、白い風が吹き出した。
「何だ、これは!」
風はオーディの周りをぐるぐると回り始めた。
オーディの体が、淡い光に包まれる。
「オーディ!」
モモトはオーディの腕をつかもうとした。
けれど、その手は光をすり抜ける。
オーディの体が、どんどん小さくなっていく。
「どうなってるんだ!」
「僕にも分からないよ!」
オーディは白い光に吸い込まれ、そのまま月の部屋へ飛び込んだ。
カチン。
小さな音とともに、月のふたが閉じる。
*
「うわっ!」
モモトは椅子から転げ落ちた。
目を開けると、そこは自分の部屋だった。
机の上には国語の教科書と、やり終わった宿題が置かれている。
カーテンの隙間からは、見慣れた町の明かりが見えた。
モモトは自分の部屋の床へ転がり落ちた。
「戻ってきた……。」
机の上には、やりかけの宿題。
時計を見ると、針はほとんど進んでいなかった。
モモトは慌ててピルケースを開いた。
月の部屋には、一錠の白い薬が静かに入っている。
「オーディ……?」
返事はない。
さっきまで話していた騎士の姿はなく、そこには月の印が刻まれた小さな錠剤があるだけだった。
モモトはそっと指先で触れた。
ほんのり温かい。
生きているような気がした。
モモトは錠剤を見つめた。
そういえば、オーディの顔は、この錠剤によく似ていた。
丸い形。
なめらかな白い表面。
そして、胸に輝いていた月の印。
「まさか……。」
思わずつぶやく。
けれど、すぐに首を横へ振った。
「そんなわけ、ないよね。」
そのとき、リビングからお母さんの声が聞こえる。
「モモトー、ご飯よ!」
「はーい!」
モモトはピルケースを大切に机の引き出しへしまった。
「待ってて、オーディ。」
「また、迎えに行くから。」
月の印が、ほんの一瞬だけ淡く光ったような気がした。
モモトはそれを見つめ、微笑んだ。
──薬には、まだ知らない役目がある。
その秘密を知る旅は、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
『ジョーザイ王国とヒートドラゴン』は、これでひとつの物語として完結です。
でも、モモトの旅はまだ終わっていません。
ピルケースには、まだ六つの部屋が残っています。
次に開くのは、炎の部屋。
そこには、どんな仲間がいて、どんな冒険が待っているのでしょうか。
ジョーザイ王国で出会ったオーディも、きっとまたモモトと一緒に旅をしてくれます。
これから七つの国を巡りながら、薬に隠された「役目」を少しずつ見つけていく物語になります。
また次の冒険で、お会いできたらうれしいです。
ありがとうございました。




