命の泉へ
王は銀色の聖杯をオーディへ手渡した。
「カート山脈の湧き水を、この聖杯に満たして持ち帰れ。」
「そして城の命の泉へ流すのじゃ。」
オーディは両手で聖杯を受け取ると、深く頭を下げた。
「承知しました。」
王は静かに続ける。
「オーディ。この国を頼む。必ず、命の泉を見つけ出せ。」
「はっ。お任せください。」
オーディは力強く答えると、モモトの方へ向き直った。
「行くぞ。」
それだけ言って歩き始める。
「えっ、もう?」
モモトは慌ててあとを追いかけた。
城を出ると、二人は石畳の町を歩く。
広場では噴水が静かに止まり、人々は重そうな足取りで行き交っていた。
王の話を聞いた今なら分かる。
町全体が、少しずつ元気を失っているように見えた。
しばらく歩いたところで、モモトは口を開いた。
「ねえ。」
「どうして衛兵さんたちは来ないの?」
「ぼくよりずっと強そうだったけど。」
オーディは少し笑った。
「強いさ。」
「でも、今は力が出ない。」
「どうして?」
オーディは空を見上げる。
雲一つない青空が広がっている。
「この国の者は、水がなければ力を発揮できない。」
「雨が降らなくなってから、みんな弱っている。」
モモトは城を振り返った。
門の前では、衛兵たちが槍を支えて立っている。
けれど、その表情には疲れが見えた。
「じゃあ、オーディは?」
「俺は水がなくても動ける。」
「王国を離れて旅ができる者は少ないんだ。」
「だから俺が選ばれた。」
モモトは目を丸くした。
「じゃあ……チュアブルさんは?すっごく強そうだけど。」
オーディはうなずく。
「彼も俺ほどではないが、水がなくても戦える。」
「でも、近衛騎士だからな。王様のそばを離れるわけにはいかない。」
モモトはうなずいた。
「だからオーディしかいなかったんだ。」
「そういうこと。」
二人は町を抜け、草原へ出た。
遠くには、黒い山が見える。
「あの山がカート山脈だ。その麓に湧き水が出る泉がある。」
オーディは指さした。
「ただ、その泉には近づくことが難しい。」
「どうして?」
オーディの表情が引き締まる。
「あの辺りには、ヒートドラゴンがいるんだ。」
「ヒートドラゴン?」
「命の泉のそばを縄張りにしている。」
モモトは思わず足を止めた。
「ドラゴンって、りゅ、竜?空想の?実在するの?」
「ああ。水が枯れ始めたあたりから、麓まで降りてくるようになっているらしい。」
オーディは腰の剣に手を添える。
「ヒートの爪は岩を裂く。」
「牙は鋼でも砕く。」
「俺でも長く相手はできない。」
モモトはごくりとつばを飲み込んだ。
「じゃあ、どうするの?」
オーディは聖杯を見せた。
「俺がヒートを引きつける。」
「その間に、お前が湧き水の泉からをこの聖杯にくむ。」
「ぼ、ぼくが?」
「それしかない。」
モモトは聖杯を見つめた。
両手で抱えると、思ったよりも重い。
「失敗したら?」
オーディは笑った。
「失敗するな。」
「えぇ……。」
草原を抜けると、目の前に大きな山脈が姿を現した。
黒い岩肌がどこまでも続き、頂上は雲の向こうへ消えている。
「あれが……カート山脈。」
モモトは思わず立ち止まる。
オーディは静かにうなずいた。
「ああ。」
「湧き水の泉は、この先だ。」




