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まほうのピルケース ジョーザイ王国とヒートドラゴン  作者: 南 春


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3/6

ジョーザイ王国



 モモトはゆっくりと歩き始めた。


 白い石畳はどこまでも続き、その先には大きなお城が見える。


 コツ、コツ。


 歩くたびに靴音が静かな町へ響いた。


「あそこまで行けば、誰かいるかな……。」


 モモトはお城を目指して歩き続ける。


 道の脇には花壇が並んでいた。


 けれど、咲いている花はどれもうつむき、葉の先も少し茶色くなっている。


「水をあげたら元気になるのにな。」


 モモトは辺りを見回した。


 けれど、じょうろも水くみ場も見当たらない。


「誰も水をあげないのかな……。」


 不思議に思いながら歩いていると、だんだん人通りが増えてきた。


 そして、道の向こうから何人もの人が歩いてくる。


「……あれ?」


 モモトは思わず目をこすった。


 近づいてくる人たちは、みんな少し変わった姿をしていた。


 頭が丸い人。


 細長い頭の人。


 頭の真ん中に一本、線が入った人。


 最初は変わった帽子でもかぶっているのかと思った。


 けれど違う。


 笑ったり、話したり、荷物を運んだり。


 それが、この世界の人たちの本当の姿だった。


 しかも、みんなモモトの半分ほどの大きさしかない。


 その姿は、おじいさんの薬局で見せてもらった薬に、そっくりだった。


 そして、誰もが額に小さな満月の刻印をつけていた。


「こんにちは。」


 モモトは勇気を出して、一人の細長い住人へ声をかけた。


 その住人は立ち止まり、モモトをじっと見つめた。


 頭の先から足元まで何度も見回す。


「……なんだ、お前。」


「え?」


「ずいぶん変わった姿をしてるな。」


「えぇ!?」


 モモトは慌てて自分の体を見下ろした。


「ぼく、人間だけど。」


「ニンゲン?」


 聞いたことのない言葉だったらしく、その住人は首をかしげた。


 そのときだった。


「おい、見ろよ!」


「変なのがいる!」


 近くにいた住人たちが、次々と集まってくる。


「見たことのない頭だ。」


「額の刻印もない。」


 モモトは恥ずかしくなって、一歩後ろへ下がった。


 すると、一人の小さな女の子が不思議そうに尋ねた。


「お兄ちゃん、額の刻印は?」


「こくいん?」


 モモトは自分の額に手を当てた。


 もちろん何もない。


「ないよ。」


 その瞬間、あたりが静まり返った。


「……ない?」


「刻印がない?」


「そんなこと、あるのか?」


 住人たちは顔を見合わせる。


 すると、一人のおじいさんが小さくつぶやいた。


「旅人か……。」


 しかし、別の住人は首を振る。


「いや、旅人でも刻印はあるだろう。」


 ざわざわと人だかりが大きくなっていく。


そのざわめきを切り裂くように、


「道を開けなさい!」


 人だかりが左右へ分かれる。


 現れたのは、大きな槍を持った二人の衛兵だった。


町の人たちより一回りも二回りも大きい。


肩幅も広く、堂々としている。


二人の額には、美しい満月の刻印が輝いていた。


年配の衛兵が一歩前へ出た。


「私はチュアブル。王宮第一衛兵隊隊長だ。」


「君をジョーザイ王国の王、フィルム王陛下のもとへ案内する。」


モモトはほっとしたようにうなずいた。


「王様なら、ぼくがここへ来た理由も分かりますか?」


チュアブルは静かに首を横へ振る。


「それは分からん。」


「だが、この国で最も物知りなお方だ。」


「陛下なら、何かご存じかもしれん。」


モモトはちょっと不安げに、衛兵たちの後について歩き始めた。


 城へ近づくにつれ、行き交う人々も増えていく。


 そのほとんどが胸に満月の刻印をつけていた。


 けれど、その中に一人だけ。


 ふと道の脇を見ると、一人の老人が街路樹を見上げていた。


 胸には、小さな炎の刻印。


 周りの人たちの満月とは違う印だった。


 老人は元気のない葉をそっと指先でなでると、小さく息をつく。


「……あれ?」


 一人だけ違う。


 モモトが振り返ると、老人は何事もなかったように歩き去っていった。


 そんな疑問を胸に抱えたまま、モモトはゆっくりと城門をくぐった。


 白く大きな扉が、重い音を立てて開いていく――。


 大きな扉が、ぎぎぎ……と重い音を立てて開いた。


 モモトは衛兵にうながされ、一歩足を踏み入れる。


 高い天井。


 白い柱。


 赤いじゅうたんがまっすぐ奥へ続き、その先には玉座があった。


 そこに座っていたのは、この国で誰よりも大きな人物だった。


 丸く整った体。


 表面はつるりとなめらかで、光を受けるたびに静かに輝いている。


 胸には、大きな満月の刻印。


 モモトは思わず見とれた。


「王様。」


 衛兵がひざまずく。


「城下町で、不審な者を見つけました。」


「前へ。」


低く落ち着いた声が響く。


モモトは恐る恐る歩き、玉座の前で立ち止まった。


王は静かに口を開く。


「私はジョーザイ王国国王、フィルム王である。」


「まずは、おぬしの名を聞こう。」


モモトはごくりとつばを飲み込んだ。


「モモトです。」


 やがて家臣の一人が口を開いた。


「王様、この少年、刻印がありません。」


 別の家臣も続ける。


「顔の形も見たことがございません。」


 大広間がざわつく。


「まさか……。」


 一人の老臣が、青ざめた顔でつぶやいた。


「ノミ・ワスーレでは……。」


 その言葉が響いた瞬間、衛兵たちが一斉に槍を構えた。


 モモトは思わず後ずさる。


「ち、違うよ!」


「ぼくはモモト!」


「それに……ノミ・ワスーレって何?」


 誰も答えない。


 王も、家臣たちも、モモトを見つめたままだ。


 やがて王が静かに口を開いた。


「本当に違うというなら、証はあるか。」


「証……?」


「おぬしがノミ・ワスーレではないという証じゃ。」


 モモトは言葉を失った。


 突然知らない世界へ来て、そんなものがあるはずもない。


 困っていると、ふとポケットの中に手が触れた。


「あっ。」


 モモトはピルケースを取り出した。


「これなら……。」


「これを開けたら、ここにきたんだ。」


 家臣が受け取り、王へ差し出す。


 王はゆっくりとふたを見つめた。


モモトはポケットからピルケースを取り出した。


そこには、かすれた七つの模様が刻まれている。


満月。

炎。

木。

水。

星。

大地。

太陽。


王は、その七つの模様を見た瞬間、初めて表情を変えた。


「……その刻印は。」


家臣たちも身を乗り出す。


「七つの刻印……。」


「まさか……。」


王はゆっくりとピルケースを見つめたあと、静かに首を横へ振った。


「いや……。その箱は、見たことがない。」


 再び静寂が広がる。


 そのときだった。


 大広間の扉が勢いよく開いた。


「フィルム王!大変です!」


 一人の兵士が駆け込んでくる。


「西の泉が……完全に枯れました!」


 家臣たちが息をのんだ。


「これで4つのうち三つ目が……。」


 王は静かに目を閉じる。


「あとは中央の泉だけ……。あれも、いつまで持つか。」


モモトは恐る恐る尋ねた。


「何が起きてるんですか?」


王は窓の外へ目を向けた。


城の中央には、大きな泉が見える。


そこには、かろうじて水が湧いていた。


「この国には四つの命の泉がある。」


「東、西、南の泉は、すでに枯れ果てた。」


「残るのは、あの中央の泉だけじゃ。」


「この国は、その水によって生かされておる。」


「だが、もう何か月も雨が降っておらぬ。」


「このままでは、ノミ・ワスーレが姿を現す。」


 モモトはごくりとつばを飲み込んだ。


「その……ノミ・ワスーレって。」


「水を失った国に災いをもたらす存在じゃ。」


 王は立ち上がった。


 その姿だけで、大広間の空気が引き締まる。


「おぬしがノミ・ワスーレでないというなら、この国を救ってみせよ。」


王は玉座の脇に置かれた銀色の器を手に取った。


「これは命の聖杯じゃ。」


「四つの命の泉は、すべて中央の泉から分かれておる。」


「中央の泉が満たされれば、やがて他の泉にも再び水は流れる。」


「雨は降らぬ。だが、カート山脈には今も湧き水が残っているという。」


「その水をこの命の聖杯に満たし、中央の泉へささげるのじゃ。」


「そうすれば、命の泉は再び水で満ち、ジョーザイ王国は救われる。」


「ぼ、ぼくに……できるかな。」


 王は玉座の横に立つ一人の青年を見た。


「オーディ。」


「はっ。」


 青年が一歩前へ出る。


 腰には剣。


 胸には満月の刻印。


 自信に満ちた笑みを浮かべている。


「この者と共に行け。」


「オーディは、命の水を必要としない。」


モモトは思わず聞き返した。


「水が……いらない?」


オーディはにっと笑った。


王は静かにうなずく。


「この国の者は皆、命の泉の水がなければ長く生きられぬ。」


「王国を離れて旅ができる者は、ごくわずか。」


「オーディは、その一人じゃ。」


「命の泉を見つけ、この国を救え。」


「それがおぬしを信じる、唯一の条件じゃ。」


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