ピルケース
次の日の学校帰り。
モモトは、「まほう薬局」と呼ばれている古びた薬局の前で立ち止まった。
「あのーこんにちは。」
そっと戸を開けると、カラン、と鈴が鳴る。
「おお、昨日の少年か。」
おじいさんは目を細めた。
「踏んづけた荷物は大丈夫だったかの。」
「うん。上履きだったから。あのー、ケースありがとう。」
モモトはランドセルからピルケースを取り出した。
「これ、まだ何も入れてないよ。」
「フォッフォッフォ。それでいい。いつか使う時も来るじゃろ」
「薬局って初めてみたけど。薬ってたくさんあるんだね」
モモトは店内を見渡しながらおじいさんに話しかけた。
おじいさんは棚から小さな箱を取り出した。
「薬はな、いるんな形や種類があるが、それぞれ意味があるんじゃ。」
「たとえばこのカプセルは、胃ではなく腸で溶けるようにできている。みんなそれぞれの製剤に理由があるんだよ。」
モモトは箱の中をもう一度のぞき込んだ。
さっきまでただの薬に見えていたのに、一つひとつが違う役目を持っているように思えてくる。
「薬って、おもしろいね。」
おじいさんは目を細めて笑った。
「そうか、薬に興味持つのは珍しいのう。」
それからというもの、モモトは学校帰りになると、ときどき薬局へ立ち寄るようになった。
カウンターの前に座って、おじいさんが薬をそろえる様子をぼんやり眺める。
お客さんが来れば静かに待ち、お店が落ち着くと、「今日はどんな薬の話?」と目を輝かせる。
おじいさんはそんなモモトを見て笑い、少しずつ薬の秘密を教えてくれた。
「こっちは長い間、光に当たりすぎた薬じゃ。」
モモトは白い錠剤を見つめた。
「少し黄色くなってる。」
「そうじゃ。光が苦手な薬は、こうして本来の力が弱くなってしまうことがある。」
「じゃあ、そういう薬はどうしたらいいの?」
おじいさんは薬棚から銀色の袋を取り出した。
「だから、光が当たらないように遮光シートや、光を通しにくい袋に入れて守ってやるんじゃよ。」
「薬って、大事に守られてるんだね。」
「そうじゃ。薬には、それぞれ一番力を発揮できる方法があるんじゃ。」
「へぇ。」
モモトは目を輝かせる。
薬は、思っていたよりずっと不思議だった。
話の終わりになると、おじいさんはいつもこう言った。
「モモト。薬はのう、ただ飲むものじゃない。」
「役目を知る者だけが、本当の力を引き出せるんじゃ。」
モモトは「うん」と返事をした。
でも、その言葉があとになって、何度も自分を助けてくれることを、このときはまだ知らなかった。
*
薬局に通い始めて一か月が過ぎた、ある日の夜。
夕ご飯を食べ、お風呂にも入って、宿題を終えたモモトは、大きく伸びをした。
ふと机の上を見る。
そこには、おじいさんにもらったピルケースが置かれていた。
「そういえば……。」
モモトは何気なく手に取る。
七つの仕切りがある、ごく普通の薬を入れるケース。
何気なく眺めていると、ふたの表面に、かすれた絵が刻まれていることに気づいた。
長い年月で色はほとんど消え、爪でなぞらなければ分からないほど薄くなっている。
一つ目には満月。
二つ目には炎。
三つ目には水のしずく。
四つ目には大きな木。
残る三つにも、星や太陽、大地のような模様が並んでいた。
「こんなの……前からあったかな。」
首をかしげる。
その中でも、不思議と満月だけが少しだけはっきり見える気がした。
理由は分からない。
けれど、どうしても気になった。
モモトはそっと満月のふたへ指をかける。
カチッ。
小さな音が部屋に響いた。
その瞬間――
窓も開いていないのに、やさしい風が部屋を吹き抜けた。
カーテンがふわりと揺れる。
机の上のプリントが宙へ舞い上がった。
「えっ?」
白い光がピルケースからあふれ出す。
モモトは思わず目を閉じた。
体がふわりと浮くような、不思議な感覚に包まれる。
――どれくらい時間がたったのだろう。
頬をなでるひんやりとした風。
どこからか、小鳥のさえずりが聞こえる。
恐る恐る目を開けると、そこは自分の部屋ではなかった。
足元には、白く丸い石が敷きつめられた道。
道の両側には、白い建物が整然と並んでいる。
四角い家もあれば、丸い屋根の家もある。
不思議と町全体が白で統一されていた。
遠くには、白く輝く大きな城がそびえている。
そして空を見上げたモモトは、思わず息をのんだ。
青空の中に、大きな満月が浮かんでいた。
昼なのに。
まるで、この世界ではそれが当たり前であるかのように。
「ここ……どこなんだろ。」
返事はない。
聞こえるのは風の音だけ。
モモトはピルケースをぎゅっと握りしめた。
どうやら、自分はとんでもない場所へ来てしまったらしい。




