まほう薬局
近所の古びた商店街の片すみに、一軒の小さな薬屋があった。
色あせた看板には、**「まほの薬局」**と書かれている。
ペンキがはがれて「の」の文字が読みにくくなっていたせいで、子どもたちはみんな、「まほう薬局」と呼んでいた。
本当の名前を知っている子なんて、だれもいない。
モモトも、その一人だった。
店にお客さんが入るところを、一度も見たことがない。
ガラス戸の向こうは昼でも薄暗く、棚には古そうな薬びんがずらりと並んでいる。
(なんだか、異世界と繋がってそう……。」
そう思うと、モモトはいつも薬局の前だけ、小走りで駆け抜けていた。
その日も、モモトはいつものように薬局の前を足早に過ぎ去ろうとした。
ところが、足をもつれさせた拍子に、上履きの入った袋を落としてしまう。
「あっ!」
あわてて拾おうと手を伸ばした、そのときだった。
ガラガラ……。
古い引き戸が開き、中から白髪のおじいさんが出てきた。
おじいさんは足元に気づかず、そのまま上履き袋を踏ん付けてしまった。
「これはこれは、ごめんごめん。」
低くしわがれた声が聞こえた。
モモトは顔を上げた。
真っ白な髪。長いまゆ毛。大きな丸眼鏡。
いつも遠くから見ていた店のおじいさんが、目の前に立っていた。
モモトには魔法使いに見えてしまっていた。
「ひっ……。」
急に胸がどきどきして、足が動かない。
こわい。
そう思った瞬間、目から涙があふれた。
「う、うわあぁぁん!」
おじいさんは困ったように頭をかき、
「おやおや。わしはそんなに怖い顔をしとるかのう。」
と、少し寂しそうに笑った。
おじいさんはしゃがみこむと、踏んでしまった上履き袋の土を、ぽんぽんとはたいた。
「すまんかったのう。」
モモトは涙をぬぐいながら、小さくうなずいた。
すると、おじいさんは白衣のポケットをごそごそ探り、小さなケースを取り出した。
透明なふたに、七つの仕切りがついたピルケースだった。
「これで勘弁してくれ。」
そう言って、モモトの手のひらにそっとのせる。
「上履きを踏んづけてしまった、おわびじゃ。」
モモトはケースを裏返したり、ふたを開けたりしながら首をかしげた。
「ありがとう。でも……これって何を入れるの?」
おじいさんは目を細め、いたずらっぽく笑った。
「ただの薬を入れるケースじゃよ。」
おじいさんはそう言って、口元をゆるめた。
「まぁ、たまに不思議なことが起こるかもしれんがの。」
「どういうこと?」
おじいさんは答えず、
「フォッフォッフォッ。」
と楽しそうに笑うだけだった。
そして背を向けると、古い引き戸を開け、店の奥へゆっくり消えていった。
モモトは手のひらの小さなピルケースを見つめた。




