第80話:再会
第80話:再会
王立研究所からの連絡が来たのは、五日後だった。
オルテを通じて届いた文書に、調査担当者の名前と訪問日時が書かれていた。三日後の午前、旧市街の北区画の廃墟に集合という内容だった。
アルノーはアルデンに文を送った。
翌日、工房でアルデンと会った。
「研究所が来ます」
「……そうか」
アルデンが少し間を置いた。
「担当者の名前は」
「ランベルトという人物です。上級研究員と書かれていました」
アルデンが手の中の工具を置いた。
「ランベルト」
アルデンが繰り返した。声の質が少し変わった。
「同期だ」
アルノーはその一言を頭に入れた。
アルデンと研究所の担当者が同期だった。それ以上は聞かなかった。アルデンが話すつもりなら話すだろう。
「来てもらえますか」
アルノーは言った。
「……行く」
三日後、北区画の廃墟の前に四人が集まった。
アルノーとアルデン、それからリュミエールとヴェラだ。リュミエールは計測器を持参していた。ヴェラは地下室への道を一番よく知っている。
研究所の担当者が少し遅れて来た。
五十代と思われる男性で、研究所の識別証を胸に付けていた。背が高く、几帳面な印象を与える顔立ちだ。髪に白いものが混じっている。書類を手に持ち、助手を一人連れていた。
男性がアルノーたちを見て、少し歩みを緩めた。
それからアルデンを見た。
数秒の沈黙があった。
「アルデンか」
ランベルトと呼ばれた男性が言った。
「久しぶりだな、ランベルト」
アルデンの声はいつも通り低く、平坦だった。
「十年ぶり、か。工房で隠居しているとは聞いていたが」
「隠居はしていない。仕事をしているだけだ」
ランベルトが少し目を細めた。それからアルノーとリュミエールを見た。
「今回の調査対象を発見したのは、君たちか」
「はい。灰練のアルノーと、セレスティナのリュミエールです」
「……セレスティナか」
ランベルトがリュミエールを見て、少しだけ表情を緩めた。
「案内してくれ」
ヴェラが先頭に立ち、地下室への隠し階段を下りた。
地下室の空気は冷えていた。記録陣式は、以前と変わらず壁面に淡い光を浮かべていた。
ランベルトが陣式の前に立ち、無言で見つめた。
「……これは」
ランベルトが手を伸ばそうとして、止めた。
「確かに古い。保存状態が良すぎるが、後から描いたものではない」
「正しいです」
アルデンが背後から言った。
「正しいかどうかは研究所が決める」
ランベルトが壁面を見たまま答えた。
「お前が研究所を出た後、師匠の記録を引き継いだと聞いた」
「引き継いだ」
「なぜ報告しなかった」
「報告できる状況ではなかった」
アルデンが言った。
「お前も知っているだろう。当時の研究所が、師匠の仕事をどう扱っていたかを」
ランベルトが少し沈黙した。
「……知っている」
「だから工房で続けた。それだけだ」
アルノーは二人のやり取りを観測した。
アルデンが研究所を出た理由が、少し見えた。師匠の研究が研究所の中で正当に扱われなかった。アルデンはそれを見て、外で続けることを選んだ。研究所にいたランベルトも、当時の状況を知っている。知りながら、研究所の中にいた。
二人の間には、その分の時間と距離がある。
計測が始まった。
ランベルトの助手が計測器を陣式に当て、数値を記録していく。リュミエールが持参した計測器でも同時に計測を行った。
「二つの計測器を使うのですか」
ランベルトが聞いた。
「比較のためです」
リュミエールが答えた。
「研究所の計測と私の計測が一致すれば、数値の信頼性が上がります」
ランベルトがリュミエールを見た。
「セレスティナ家の」
「はい」
「均整理論の共同研究者として報告書に名前が入っていましたね」
ランベルトが少し表情を変えた。
「王国の首席が、灰練の学生の研究に加わった。それも調査の理由の一つです」
「事実を確認した結果です」
リュミエールが言った。
計測が三十分ほど続いた。
ランベルトと助手が数値を突き合わせ、何度か頷いた。
「計測結果は持ち帰って精査する。ただし、一次的な見解としては——記録の年代に矛盾はない」
ランベルトがアルデンを見た。
「結果は一週間後に出る」
「待っている」
アルデンが短く答えた。
地上に出ると、日が傾き始めていた。
ランベルトは馬車に乗り込む前に、一度だけアルノーを見た。
「アルノー君だったか。君の理論は、研究所でも議論の対象になっている。心しておきなさい」
馬車が走り去った後、アルデンがふうと息を吐いた。
「疲れたか」
ヴェラが聞いた。
「……同期というのは、面倒なものだ」
アルデンが歩き出した。
アルノーはその後ろ姿を見ながら、自分の隣にいるリュミエールを見た。
彼女もまた、同期になるのだろうか。あるいは。
アルノーは空を見上げた。
雲がゆっくりと流れていた。




