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第81話:観察する目


翌日の実技授業は、魔法陣の展開速度を測る内容だった。


学園の演習場に各寮の生徒が集まり、指定された陣式を一定時間内に展開する。展開の速度と安定度が採点される。標準的な王立様式に従った陣式が評価の基準だ。


担当教師はカーリン・ウース。三十代半ばの女性で、実技担当の中では比較的若い教師だった。赤棟の出身で、均整理論の審査には関与していない。クレインとは立場が違う。


アルノーは順番を待ちながら、他の生徒の展開を観測した。


白棟の生徒が次々と展開していく。陣式の大きさは十分だが、外縁部の補助線が毎回わずかにずれる。同じ場所に同じ歪みが出ている。訓練で補正できていない部分だ。


レイドの番が来た。展開速度は速い。ただし右側の符号が内側に引っ張られている。以前より改善しているが、まだ残っている。


ソレルが続いた。速度は平均以下だが、陣式の均整は全員の中で最も整っている。


アルノーの番が来た。


陣式を展開した。


いつも通りだった。速度は平均程度。出力は小さい。ただし歪みがない。補助線が均等に広がり、符号の角度が一定を保っている。


採点が終わった後、カーリンが声をかけてきた。


「ヴァレリウス。少し残ってください」


レイドが小声で「何かやったのか」と言った。アルノーは「分かりません」と答えた。


他の生徒が演習場から出ていった後、カーリンがアルノーの前に立った。


「今の展開、意識して歪みを抑えましたか」


「いいえ。いつも通りです」


「いつも通り……。あなたの記録は、以前からこの精度でしたか」


カーリンが手元の採点表を見た。


「入学当初よりは安定していますが、劇的な変化はありません」


「そうですね」


カーリンが顔を上げた。


「ただ、今日のあなたの陣式は、他の生徒と明らかに『見え方』が違いました。出力は低いのに、陣式そのものの存在感が強い。まるで最初からそこにあったかのような安定感です」


アルノーは沈黙した。


「均整理論の承認の件は聞いています。あれは理論上の話だと思っていましたが、実技にも影響しているのですか」


「理論と実技を分けて考えたことはありません」


アルノーは言った。


「展開する際に、魔力の流れが最も安定する場所を探しています。それが結果として、歪みのない形になります」


「安定する場所を探す……。それは、感覚ですか、それとも計算ですか」


「両方です。観測して、その歪みを打ち消すように調整します」


カーリンが少し間を置いた。


「……それが均整理論ですか」


「理論の一部です」


「報告書は読みました」


カーリンが言った。


「ただ実際に陣式として展開されているものを見るのは初めてです。報告書と目で見るのでは、理解の仕方が違う」


「どういう部分が違いましたか」


「読んだときは、理論として理解しました」


カーリンが演習場の床を見た。


「ただ今日のあなたの陣式を見て——歪みを制御することが、排除しようとするより安定するということが、体感として分かった気がします」


アルノーはその言葉を頭に入れた。


読んで理解するのと、見て理解するのは違う。カーリンがそう言っている。


「実際に試してみますか」


アルノーは言った。


カーリンが少し驚いた顔をした。


「私が、ですか」


「教師の方が私より陣式の精度が高いので、結果が見やすいと思います」


カーリンが少し考えてから、演習場の中央に移動した。


「どうすればいいですか」


「いつも通りに展開してください」


カーリンが陣式を展開した。白棟出身らしく、安定した展開だ。速度も精度も標準以上だった。ただしアルノーには見えた。左上の第三補助線が、外側に〇・二ほどずれている。毎回同じ場所に出る歪みだ。


「第三補助線に、外側への歪みがあります」


アルノーは言った。


「今は排除しようとしているから、展開のたびに戻ってくる。歪む方向が決まっているなら、最初からその方向に沿わせれば、排除するより安定します」


「沿わせる、とはどういう意味ですか」


「展開の起点を少し左にずらしてみてください。〇・一程度でいいです。そうすれば、生じる歪みが全体の均整の一部になります」


カーリンが言われた通りに展開した。


一瞬、陣式が微動だにしたが、次の瞬間、今までよりも鮮明な光を放って安定した。


「……出力が上がった?」


カーリンが自分の手を見た。


「いいえ。ロスが減っただけです」


「これが、均整」


カーリンがしばらく陣式を見つめていた。


「ヴァレリウス。あなたは、魔法の新しい見方を作ろうとしているのね」


「いいえ。昔からあったものを見つけ直しているだけです」


アルノーはそう答えて、礼をした。


演習場を出ると、レイドとソレルが待っていた。


「長かったな」


「少し、実技の話をしていました」


「あのカーリン先生が実技の話? 珍しいな」


レイドが笑った。


アルノーは自分の手を見た。


少しずつ、観測が広がっている。


学園の中にも。教師たちの間にも。


それは静かな変化だったが、確実に何かが動き始めていた。

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