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第77話:委員会


審査委員会は、午後の第三刻に学術棟の会議室で行われた。


会議室は学術棟の二階にあった。アルノーがこの建物に入るのは、最初の審査のとき以来だ。廊下の石材は白棟に近い質で、灰練とは明らかに違う。


扉の前でリュミエールと合流した。


「準備はいいですか」


リュミエールが言った。


「はい」


「私も、できることはやりました」


リュミエールが小さく息を吐いた。


「あとは場に委ねるだけです」


「そうですね」


扉を開けた。


会議室の中央に長机があり、委員が五人座っていた。上座に白髪の老魔導士——委員長のヴァルス教授だ。最初の審査でも議長を務めていた人物で、均整理論の内容には前回から興味を持っていると聞いていた。残りの四人は学術棟の上級教師たちだ。


そしてヴァルスの左側、委員席の端にクレインが座っていた。


前回と同じ配置だ。クレインは外部評価委員という立場で、今回も同席している。


アルノーとリュミエールが指定された席に座った。


ヴァルスが口を開いた。


「追加報告書は確認しました。前回の審査から一か月、精力的に取り組んでいただいたことは分かります」


「ありがとうございます」


「では審議に入ります。まず、追加報告書の内容について委員からの質問を受けます」


最初の質問は計測記録についてだった。リュミエールが数値の詳細を答えた。次に均整と流れの原則の繋がりについての質問が来た。アルノーが答えた。委員たちは概ね内容を把握した上で質問していた。追加資料が事前に届いていた効果だと思った。


四人目の委員の質問が終わったところで、クレインが口を開いた。


「確認したいことがあります」


会議室がわずかに静まった。


「均整と流れの原則が同じ根を持つという主張の根拠として、旧市街の地下室で発見した三百年前の記録が挙げられています」


クレインが言った。


「しかし——その記録が本当に三百年前のものであるという証明はありますか」


「あります」


アルノーは答えた。


「どのような証明ですか」


「昨日、追加資料として三点の文書を提出しました。学務室への申告書の写し、工房の引き継ぎ文書の写し、そして七十年前に記録陣式を直接目にした人物の証言の写しです」


「証言については確認しました」


クレインが続けた。


「ただし、九十三歳の老人の記憶を根拠とすることに、信頼性の問題があると思います。七十年前の記憶が正確かどうか、どう保証しますか」


「証言だけに頼っているわけではありません」


アルノーは言った。


「師匠の日誌に記された地下室の場所の記述と、その人物が七十年前に訪れた場所の記述が一致しています。独立した二つの記録が同じ場所を示している。どちらか一方が誤りでも、もう一方が残ります」


「記録陣式そのものの年代について、魔法陣の専門家による鑑定はありますか」


「正式な鑑定は行っていません。ただし——記録陣式のリズムの周期について、別の観測があります」


「別の観測とは」


アルノーは準備していた説明に入った。


「記録陣式は特定のリズムで魔力を記録する陣式です。時間の経過とともに、リズムの周期が延びることが師匠の日誌に記されています。百年でおよそ三倍という記述があります。今回の記録陣式のリズムの周期を直接聴き取った人物がいます。その観測によれば、通常の陣式の十倍以上の周期でした。計算上、三百年以上が経過していることと一致します」


委員の一人が顔を上げた。


「聴き取った、とはどういうことですか」


「感覚が鋭敏な人物です。人間の耳には聴こえない周波数の音を知覚できます。第三話の灰練の食堂での加熱器具の修復案件を記録した報告書の中にも、その観測能力に関する記述があります」


クレインが言った。


「その人物の感覚を根拠とすることは、検証ができません」


「計測器で検証する方法があります」


アルノーは答えた。


「記録陣式のリズムの周期は、適切な計測器を用いれば数値として取り出せます。計測を行えば、その人物の観測と一致するかどうか確認できます」


「計測器を用いた検証は、現時点では行われていないということですか」


「はい。ただし、行えば確認できます。今回の審査の前提として、計測結果を追加することを委員会が必要と判断するなら、対応します」


会議室に短い沈黙があった。


ヴァルスが口を開いた。


「クレイン先生、追加の計測を求めますか」


クレインがヴァルスを見た。


「……それ以上の指摘ではありませんが、鑑定なしに年代を確定することへの懸念は表明しておきます」


「記録に残します」


ヴァルスが言った。それからアルノーを見た。


「計測の追加については委員会として検討します。報告書の審議は続けます」


審議はさらに三十分ほど続いた。


クレインはそれ以上口を開かなかった。委員たちの質問はほとんどが内容への純粋な興味から来るものだった。リュミエールが数値の細部を答え、アルノーが理論の説明を補った。


審議が終わり、委員長が告げた。


「審査結果は明日の朝、通知します」


会議室を出た。


廊下でリュミエールが小声で言った。


「クレインは年代の問題に絞ってきましたね。理論の内容には踏み込まなかった」


「内容に踏み込むと、数値と実証記録がある。年代の問題の方が、崩しやすいと判断したのだと思います」


「しかし崩せなかった」


「三点の資料が効きました。一点だけなら揺らいだかもしれません」


リュミエールが廊下の窓から外を見た。


「計測の追加を委員会が求めてくる可能性はありますか」


「あります。ただし、それは審査を否定するためではなく、確認のためだと思います」


「方向が違う」


「はい」


二人は廊下を歩いた。


学術棟の出口を出ると、夕方の風が来た。


結果は明日の朝。


月はさらに細くなっていた。


しかしアルノーには、今夜が長いとは感じなかった。できることはやった。出力を待つだけだ。


灰練への道を、一歩ずつ歩いた。

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