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第76話:追加資料


写しが届いたのは、翌朝のことだった。


工房の使いの者が灰練の入り口まで持ってきた。封をした革袋の中に、三枚の文書が入っていた。


一枚目は学務室への申告書の写し。アルデンとヴェラの名前が入っており、地下室を発見した日付と場所が記されている。学務室の受理印がある。


二枚目はアルデンが師匠から工房を引き継いだ際の引き継ぎ文書の写し。末尾の一節に、師匠が若い頃に旧市街の廃墟の地下室で記録陣式を発見したという経緯が短く書かれていた。師匠の筆跡と思われる古い字体だ。


三枚目はオーリンの証言の写し。師匠の日誌に記された地下室の場所の記述と、オーリンが七十年前に訪れた場所の記述が並べて書かれており、ヴェラが二つを照合した結果を添えていた。末尾にヴェラの署名がある。


アルノーは三枚を確認した。


それぞれが独立した出所を持ち、別々の人間によって書かれている。どれか一つが問題になっても、残り二つが支える構造だ。


革袋の底に、ヴェラの走り書きが入っていた。


「オーリンの証言は本人が書いた。九十三歳の老人の字だから読みにくいが、本物だ。委員会で必要なら本人に出席を頼める。ただし、出てくるかどうかは気分次第だ」


アルノーはその最後の一文を二度読んだ。


気分次第、という部分が少し引っかかった。が、出席の可能性がゼロではないことは分かった。必要になれば検討する。


昼の授業の後、リュミエールと合流した。


「写しが揃いました」


「全部ですか」


「三点と、オーリンの証言も含まれています」


「早い」


リュミエールが言った。


「ヴェラという人は行動が速いですね」


「困っている人間に必要なものを渡すのが工房の仕事だと言っていました」


「あなたの均整理論と、似た考え方ですね」


リュミエールが少し考えてから続けた。


「流れを止めず、必要なところに届ける」


「そうかもしれません」


二人でオルテの居室に向かった。


今回はアポイントを取らずに来た。在室かどうか確かめてから扉を叩いた。


「追加資料の提出をお願いしたいことがあります」


オルテが顔を上げた。書類作業の途中だったようで、手に筆を持ったままだった。


「資料とは」


「旧市街の地下室で発見した記録の出所を示す補強資料です。学務室への申告書の写し、工房の引き継ぎ文書の写し、九十三年前から記録陣式を知る人物の証言の写しの三点です」


オルテが筆を置いた。


「なぜ今、これを出すのですか」


「記録の信憑性を問題にされた場合に備えてです。審査の前に委員会に提出しておいた方が、審議が円滑になると思いました」


「問題にされた場合に備える」


オルテが繰り返した。


「何か情報を得ましたか」


「確認できていることとできていないことがあります。ただし、補強資料を用意することは無駄にはならないと思います」


オルテがしばらくアルノーを見ていた。


それからリュミエールを見た。


「セレスティナ。あなたもこれを了承していますか」


「はい。写しの内容は私も確認しました。信頼できる出所です」


オルテが手を伸ばした。


アルノーが三枚の写しを渡した。オルテが一枚ずつ確認した。学務室の申告書で止まり、引き継ぎ文書で止まり、証言の写しで少し長く止まった。


「九十三歳」


オルテが証言の写しを見たまま言った。


「七十年前に地下室を訪れ、記録陣式を見ています。師匠の日誌に書かれた場所の記述と証言が一致しています」


「本人に出席を依頼することはできますか」


「確認次第です。気分次第とのことなので、保証はできません」


オルテが少し眉を動かした。しかし何も言わなかった。


「受理します」


オルテが三枚を揃えた。


「審査委員会への参考資料として添付します。ただし——」


オルテが言葉を選ぶように少し止まった。


「委員会の場でこれが必要になるかどうかは、私には分かりません。必要にならない可能性もあります」


「はい」


「ただし、用意しておくことの意味は理解します」


「ありがとうございます」


居室を出た。


廊下を歩きながら、リュミエールが言った。


「『必要にならない可能性もある』という言い方が気になりました」


「私もです」


「オルテ主任は、状況を把握しているのかもしれません」


「動きがあることには、気づいていると思います。委員会の前に何かが起きていることも。ただし、名前を出さなかった」


「出す必要がないほど、分かっているということかもしれません」


リュミエールが静かに言った。


アルノーはその可能性を頭に入れた。


オルテが状況を把握しているなら、今日の追加資料は届くべきところに届いた。補強資料を出すタイミングとして、遅くはなかった。


灰練に戻る途中、中庭を通った。


夕方の中庭に、白棟の生徒が数人いた。その中にクレインの姿はなかった。


審査まであと一日。


動けることは動いた。


あとは結果を待つだけだ。アルノーはそう思いながら、中庭を抜けた。


灰練の扉を開けると、廊下の奥からレイドの声が聞こえた。


「戻ったか。写しは渡せたのか」


「渡しました。受理されました」


「そうか」


レイドが廊下から顔を出した。


「じゃあ、あとは待つだけだな」


「そうです」


「待つのが一番難しい」


レイドが言った。


「そうかもしれません」


レイドが笑った。


「お前が『そうかもしれません』と言うのは、同意しているときだろう」


「……そうです」


「正直だな」


灰練の廊下に夕暮れの光が差していた。


窓の外に、細くなった月が見えた。


あと一日。


月が再び満ちるより先に、結果が出る。


アルノーは自室に入り、机の前に座った。


証言の説明文を、もう一度読み返した。

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