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第75話:補強


ヴェラへの文は、朝のうちに工房の使いの者を通じて送った。


内容は短くした。記録の信憑性が審査前に問題にされる可能性があること。出所と保管状況を補強できる情報があれば知らせてほしいこと。旧市街には立ち入れない状況であること。


返事が来たのは昼を過ぎたころだった。


使いの者が折り畳んだ紙を届けた。アルノーは白棟との境にある渡り廊下の端で開いた。


ヴェラの字は大きく、勢いがあった。


「三つある。一、地下室の発見を学務室に申告した際の記録が学務室に残っている。申告書にアルデンと私の名前が入っている。二、アルデンが師匠から工房を引き継いだ際の引き継ぎ文書に、師匠が地下室を最初に見つけた経緯が書かれている。三、オーリンが七十年前に記録陣式を見た場所の記述が、師匠の日誌に残っている。地下室の場所の記述と一致する。三つを合わせれば、記録が三百年前からその場所にあり続けたことの証跡になる。必要なら写しを作る」


アルノーは三点を頭の中に並べた。


学務室の申告記録。アルデンの引き継ぎ文書。師匠の日誌とオーリンの証言の一致。


どれも記録が後から作られたものでないことを示す独立した証跡だ。クレインが記録の信憑性を問題にしても、この三つを揃えれば根拠として崩れない。


昼の授業が終わった後、リュミエールに声をかけた。


「報告書の補強について話したいことがあります」


リュミエールが廊下で立ち止まった。


「クレインが動いていますか」


「可能性が高い。記録の信憑性を問題にしようとしているかもしれません。ただし、対処できる情報があります」


「聞かせてください」


二人で白棟の空いた自習室に入った。


アルノーはヴェラからの返事の内容を話した。三つの証跡のこと、写しを用意できること。


リュミエールが聞いていた。


「三つを合わせれば、記録の出所に疑問を差し込む余地がなくなりますね」


リュミエールが言った。


「委員会の前に委員に疑問を植え付けようとしているなら、こちらも委員会の前に証跡を提出できますか」


「方法があります」


アルノーは言った。


「追加資料として、オルテを通じて事前提出できるかどうか確認します」


「やってみる価値はあります」


リュミエールが少し考えた。


「ただし、クレインが動いているという前提で動くことを、オルテにどこまで話しますか」


「クレインの名前は出しません。審査を補強する資料として追加提出したいとだけ伝えます」


「それで受け付けてもらえますか」


「オルテは内容に興味を持っていました。受け付ける可能性は高いと思います」


リュミエールが頷いた。


「写しの準備をヴェラに頼みます。それが揃い次第、オルテに持っていきましょう」


夕方、裏庭でソレルと話した。


「委員会でソレルの耳の観測を証言として使えるか考えていました」


ソレルが壁にもたれたまま言った。


「委員会に、獣人の感覚は通るか」


「そのまま出しても難しいと思います」


アルノーは言った。


「ただし、説明の仕方があります」


「どういう説明だ」


「記録陣式は特定のリズムで魔力を記録する技術です。時間が経つほど、リズムが変化する。それは魔法陣の歪みと同じで、方向と速度がある。ソレルが感じた音の古さは——リズムが変化した量から計算できる。数値として出せれば、感覚ではなく計測の話になります」


ソレルがしばらく黙っていた。


「俺が感じた音の古さを、数値にできるか」


「できると思います。ただし、そのためにソレルに聞いておきたいことがあります」


「聞け」


「地下室で初めて記録陣式の音を聴いたとき、どんな音に聞こえましたか。速さ、重さ、どちらでも構いません」


ソレルが目を閉じた。


しばらく間があった。


「低い音だった」


ソレルが答えた。


「速さは遅い。一定のリズムで繰り返しているが、周期が長い。音と音の間が、普通の陣式より遥かに広い」


「どれくらい広いと感じましたか」


「感覚でしかないが——普通の陣式が一拍なら、あれは十拍か、もっと広い」


「十倍以上」


アルノーは言った。


「記録陣式の魔力リズムは、時間の経過とともに周期が延びることが師匠の日誌に書かれていました。百年で周期がおよそ三倍になるという記述があります」


「つまり——」


「周期が十倍以上であれば、経過年数は三百年以上と計算できます」


ソレルが目を開けた。


「俺の感覚が、三百年の証拠になる」


「計算の裏付けとして、なります」


「面白い使い方だな」


「ソレルの耳があって初めてできる方法です」


ソレルが少し間を置いてから言った。


「委員会に出るのは難しくないが、上手く話せるかは分からない」


「話すのは私がします。ソレルは、自分が聴いたことをそのまま答えるだけでいいです」


「それならできる」


夜、灰練の自室で翌日の段取りを整理した。


ヴェラが写しを用意する。写しを受け取り次第、オルテに追加資料として提出する。並行してソレルの証言をどう委員会に提示するか、説明の文章を準備する。


審査まであと二日。


できることは限られているが、崩れない根拠を揃えることに集中する。


窓から月が見えた。


欠けていく途中の月だ。右側の光が少なくなっている。しかし輪郭はまだはっきりしている。


欠けていても、そこにある。


アルノーは机に向かった。


証言の説明文を書き始めた。

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