第71話:三人への報告
裏庭に来たのは、夕方だった。
レイドが練習をしていた。炎が安定している。以前と比べると、出力が上がっているのに制御が乱れない。均整理論を体に馴染ませた結果だ。
ソレルが壁際に座って目を閉じていた。裏庭の音を聴いているのだろう。
アルノーが入ると、レイドが炎を消した。
「解読が終わったのか。」
「はい。三つ目の符号の意味が分かりました。」
「全部話してくれるのか。」
「話せる部分は話します。」
ソレルが目を開けた。三人で石床に座った。
アルノーは解読の内容を順番に話した。
均整と流れが同じ根を持つこと。完全な対称は存在しないこと。歪みが均整を生むこと。王立が三百年間それを隠してきた理由。
レイドが黙って聞いていた。
話し終えると、しばらく沈黙があった。
「つまり。」レイドが口を開いた。「お前の均整理論は、三百年前からあった考え方だということか。」
「同じ根を持つ、ということです。形は違いますが。」
「形は違うが、根は同じ。」レイドが繰り返した。「それって——俺の魔力制御と同じじゃないか。」
「どういう意味ですか。」
「俺の魔力は、最初から暴発しやすかった。それは欠陥だと思っていた。でもお前に言われて、流れる方向を決めたら——暴発しなくなった。欠陥だと思っていたものが、方向を与えられると強みになった。」
「歪みが均整を生む、ということですね。」
「そういうことだ。」レイドが言った。「俺自身も、灰練という場所も、歪んでいる。でも、だからこそ今の力がある。」
「そうですね。」
「聴こえすぎることは、ずっと欠陥だと思っていた。」ソレルが続けた。「しかし——旧式の陣式の音が聴き取れた。記録陣式のリズムが分かった。解読に必要だった。」
「ソレルの耳がなければ、解読できませんでした。」
「欠陥が、解読の鍵になった。」ソレルが言った。「歪みが均整を生んだ。」
レイドが頷いた。
「俺たちが灰練にいるのも、何かが欠けていたからだ。魔力制御ができなかった、感覚が鋭すぎた。でも——その欠けがあったから、ここで集まった。」
「裏庭で実験を始めたのも、灰練に演習場がなかったからですね。」アルノーは言った。「整備された環境がなかったから、ここで始めた。」
「整っていない場所で、多くのことが起きた。」レイドが裏庭を見回した。「前にも言ったな。」
「はい。」
「三百年前の人間が——歪みが均整を生むと書いた。俺たちは、それを知らずに体験していた。」レイドが少し笑った。「なんか、面白いな。」
「面白いと思います。」
レイドが少し驚いた顔をした。
「お前が面白いと言った。」
「事実として、面白いと思います。」
「いつもと少し違う言い方だな。」
アルノーは少し考えた。
確かに、いつもと少し違う。「面白い」という言葉を使ったのは、計算ではなく——何かが動いた結果だ。
「そうかもしれません。」
ソレルが言った。
「選択を迫られる、と師匠が書いていた。その選択とは、対称を信じるか歪みを受け入れるかだと言っていた。」
「はい。」
「お前は、すでに選んでいると思う。」ソレルがアルノーを見た。
「私も、そう思います。」
夕闇が裏庭を包んでいく。
三人の影が、石床に長く伸びていた。
その形は決して対称ではないが、静かな調和を保っていた。




