第70話:三つ目の答え
ヴェラから連絡が来たのは、三日後だった。
「オーリンが思い出した。」
工房でアルノーとアルデンが作業をしていると、ヴェラが扉を押して入ってきた。いつもより少し速い足取りだった。
「三つ目の符号ですか。」
「そうだ。」ヴェラが椅子に座った。「昨夜、急に思い出したと連絡が来た。夢で見たらしい。」
「夢で。」
「九十三年分の記憶は、夢の中に出てくることがある、と言っていた。」ヴェラが続けた。「七十年前に見た符号が、夢に出てきた。形を思い出した。」
「どういう形ですか。」
ヴェラが紙を取り出した。
そこに、一つの符号が描かれていた。
アルノーは写しと照合した。
一致した。これが三つ目の符号だ。
「意味は分かりましたか。」
「オーリンには分からない。ただし——」ヴェラが言った。「形から、自分なりに推測したそうだ。」
「どういう推測ですか。」
「この符号의形は、螺旋と円が組み合わさっている。オーリンは、螺旋は流れを示し、円は完成を示すと思ったそうだ。」
アルノーはその推測を頭の中に入れた。
螺旋と円。流れと完成。
「師匠の対応表に、これと近い符号がありますか。」
アルデンが対応表を確認した。
しばらく探して、首を横に振った。
「対応表にはない。ただし——」アルデンが別の記録紙を取り出した。「師匠が最後に書いたページに、未解読の符号の形の特徴を分析した部分がある。螺旋と円……これだ。師匠はこれを『均整』と仮定していた。」
「均整。」
「完全な対称ではないが、全体のバランスが取れている状態。師匠はそれを『均整』と呼んで、符号を探していた。」
アルノーは写しを手に取った。
三つ目の符号を、文章の中に当てはめて読む。
完全な——対称——は——存在しない。流れ——の中に——宿る——もの——ゆえに——均整——生まれる。
「流れの中に宿るもの——ゆえに——均整は生まれる。」
アルノーは声に出して読んだ。
「完全な対称は存在しない。流れの中に宿るものゆえに、均整は生まれる。」
工房が静かになった。
アルデンが写しを見た。
「流れの中に宿るもの——それが均整を生む。」アルデンが言った。「完全な対称がないから、流れが生まれる。流れの中に何かが宿る。それが均整だ。」
「歪みがあるから、流れが生まれる。流れが生まれるから、均整が生まれる。」アルノーは言った。「歪みは排除するものではなく、均整を生む源だということです。」
「三百年前の人間が——そう書いていた。」
「王立が排除した理由が、分かります。」アルノーは言った。「対称を絶対とする体系にとって、歪みは欠陥だ。しかし流れの原則は、歪みが均整を生むと言った。それは——王立の体系の根幹を否定することになる。」
アルデンが長い沈黙の後、言った。
「師匠は、選択を迫られると書いた。何の選択か、今なら分かるか。」
アルノーは少し考えた。
完全な対称を信じるか。
歪みが均整を生むという真実を受け入れるか。
「対称を信じ続けるか、歪みを受け入れるかの選択だと思います。」
「その選択は——」アルデンが言った。「お前が今まで歩いてきた道そのものだな。」
アルノーは少し間を置いた。
「そうかもしれません。」
ヴェラが口を開いた。
「三百年前の人間が、同じ選択をした結果がこの地下室だ。彼らは歪みを受け入れ、それを未来に残した。」
「私たちが、その選択を引き継ぎます。」
アルノーは写しを大切に畳んだ。
月が満ちる夜、解読は完了した。




