第69話:同じ根
翌朝、アルノーは工房に向かった。
満月の夜に写した記録を、アルデンに見せるためだ。
アルデンはすでに起きていた。表の部屋で茶を飲んでいた。アルノーが写しを持って入ると、茶を置いた。
「地下室に入れたか。」
「はい。レイドと一緒に。写しを取りました。」
アルノーが写しを作業台に広げた。
アルデンが眼鏡をかけて、確認し始めた。
最初は黙って読んでいた。途中で、手が止まった。
「……均整と流れは、同じ根から。」アルデンが呟くように言った。
「はい。」
「これを——三百年前の人間が書いた。」
「壁に刻まれていました。」
アルデンがしばらく動かなかった。
写しを見たまま、何も言わない。
アルノーは待った。
工房の外から、朝の街の音が聞こえてくる。荷車の音、人の声。いつもと同じ音だ。
「師匠は、均整理論という言葉を知らなかった。」アルデンが言った。「俺も、お前が来るまで知らなかった。ただし——師匠の研究も、俺の研究も、均整理論と同じ方向を向いていた。」
「はい。」
「三百年前の人間が、その繋がりを記録していた。」アルデンが写しを見た。「均整と流れが同じ根を持つと、三百年前から分かっていた。」
「分かっていたというより——そう信じていた人たちがいた、ということだと思います。」
「同じことだ。」アルデンが言った。「信じることが、記録になった。記録が三百年残った。お前がそれを読んだ。」
アルノーは頷いた。
「続きが読めませんでした。三つ目の符号が使われていて。」
「完全な対称は存在しない——その先か。」
「はい。その先が最も重要だと思います。」
「オーリンが思い出せるといいが。」アルデンが写しの別の部分を確認した。「王立が対称を信じている、しかし対称には限界がある、均整と流れが共に限界を超える——これが揃っている。三百年前の人間が、王立の体系の限界を知っていた。」
「それが排除された理由かもしれません。」
「体制に都合が悪い真実を知っていた。だから排除された。」アルデンが言った。「師匠がそれを読めていれば——もっと早く研究が進んだかもしれない。」
「師匠は地下室に行ったことがありましたか。」
「知らない。」アルデンが言った。「ただし——師匠の記録に、根と源という符号への言及がある。師匠は符号の存在を知っていたが、場所までは辿り着けなかったのかもしれない。」
「辿り着けなかった理由は。」
「一人だったからかもしれない。ヴェラのような人間との繋がりがなかったからかもしれない。時代の違いもある。」アルデンは言った。「ただし——師匠が記録を残したから、俺がそれを読んだ。俺が工房を続けたから、お前が来た。お前がヴェラとレイドとソレルを連れてきた。それで、三百年振りに扉が開いた。」
アルデンが写しを丁寧に畳んだ。
「これは、俺たちが引き継ぐべきものだ。」
「はい。」
「オーリンのところへ行け。三つ目の符号、意志を示す符号の意味を聴き取ってこい。それが最後の一片だ。」
「分かりました。」
アルノーは工房を出た。
朝の光が旧市街の路地を照らしている。
三百年前の記録。
同じ根を持つ二つの理論。
すべてが、一つの形になろうとしていた。




