第64話:老人の条件
ヴェラからの返事は、翌日の夕方に届いた。
工房にいたアルノーのところに、ヴェラが直接来た。
「会ってくれる。」ヴェラが言った。
「良かった。」
「ただし、条件がある。」
「何ですか。」
ヴェラが椅子に座った。アルノーとアルデンも座った。
「老人の名前は、オーリンという。九十三歳だ。旧市街の北区画に、六十年以上住んでいる。」ヴェラが言った。「若い頃から、旧市街の古い建物の修繕を仕事にしてきた。引退して久しいが、今も北区画を離れようとしない。」
「条件は何ですか。」
「三つある。」ヴェラが指を立てた。「一つ目、話を聞く前に、オーリンの家の修繕を手伝うこと。屋根の一部が傷んでいて、雨漏りがするそうだ。」
「修繕ですか。」
「オーリンは、言葉だけで会う人間とは話さない。何かをしてくれる人間とだけ話す。そういう人物だ。」
「分かりました。修繕します。」
「二つ目。」ヴェラが続けた。「壁画の解読が終わったら、結果をオーリンにも伝えること。」
「アルデンへの報告の後でいいですか。」
「それで構わないと言っていた。」
「分かりました。」
「三つ目。」ヴェラが少し間を置いた。「一人で来ること。」
アルノーは少し考えた。
一人で来ること。レイドもソレルも連れていけない。
「理由は聞きましたか。」
「多くの人間が来ると、気疲れするそうだ。九十三歳だから、無理はできない。」
「分かりました。一人で行きます。」
「明後日の朝はどうだ。オーリンは朝の方が調子がいいらしい。」
「学務室への申告が必要です。前日に済ませます。」
「また申告か。」ヴェラが少し口元を動かした。「まあ、それがお前だ。」
ヴェラが帰った後、アルデンが言った。
「オーリンという老人を、俺は知らなかった。六十年以上北区画に住んでいるなら、師匠が工房を作った頃にはすでにいた人間だ。」
「会ったことはなかったのですか。」
「ない。北区画には、あまり行かなかった。ヴェラを通じて繋がっていれば、もっと早く接触できたかもしれない。」
「今繋がれました。」
「そうだな。」アルデンが言った。「遅すぎたとは思わない。今、繋がれた。それでいい。」
その夜、裏庭でレイドとソレルに話した。
レイドが少し不満そうな顔をした。
「一人で行くのか。」
「オーリンの条件です。」
「心配だ。」
「なぜですか。」
「九十三歳の老人が相手でも、何が起きるか分からない。」レイドが腕を組んだ。「入り口で待つのもダメか。」
「条件に、一人で来ることとあります。入り口で待っていることが条件違反にあたるかどうかは、判断が難しいですが——オーリンの意向を尊重した方がいいと思います。」
「……分かった。待たない。」レイドが言った。「ただし、終わったらすぐに学園に戻ってこい。報告を聞く準備はしておく。」
ソレルが言った。
「アルノー。その老人の家の壁にある符号、よく見てきてください。音を聴くことはできないけれど、形は記録できるから。」
「分かりました。必ず記録してきます。」
アルノーは翌日、学務室で外部活動の申請を行い、必要な道具を揃えた。
一人で向かう、未知の接触。
準備を整えながら、アルノーは胸の奥が少しだけ早く脈打つのを感じていた。




