第62話:符号の意味
工房に着いたのは、昼過ぎだった。
アルデンは奥の部屋で作業をしていた。アルノーが壁画の写しを持って入ると、手を止めた。
「見つかったか。」
「第七通路の東壁にありました。写しを取りました。」
アルノーが写しを作業台に広げた。
アルデンが眼鏡を外して、間近で確認した。
中央の螺旋を見た。外周の符号を見た。それから、もう一度螺旋を見た。
長い沈黙があった。
「……師匠の字に似ている。」アルデンが言った。
「師匠が描いたのですか。」
「師匠が描いたかどうかは分からない。ただし、螺旋の形が——師匠が記録の中で使っていた図と、よく似ている。」アルデンが続けた。「師匠が、あの壁画を見たことがあった可能性がある。あるいは——」
「あるいは。」
「師匠の師匠から、受け継いだものかもしれない。」
アルノーは整理した。
師匠がどこかでこの壁画を見た。あるいは、師匠の師匠から壁画의存在を聞いていた。それが師匠の記録の中に、形を変えて残っている。
繋がりが、さらに長くなった。
「外周の符号を確認してもらえますか。師匠の記録に対応表があると思います。」
「待て。」アルデンが棚に向かった。奥の棚から、厚い記録紙の束を取り出した。「これが師匠の符号対応表だ。自分でしか読めないような書き方をしていたが、俺が三十年かけて解読した。」
「三十年。」
「師匠が死んだ後、残された記録を読み続けた。師匠より古い時代の符号、ということですか。」
「可能性がある。三百年前の流派が使っていた、もっと古い符号かもしれない。」
アルノーは写しの中の、対応表にない符号を確認した。
全部で七つある。
「七つの符号が、解読できません。」
「今の段階では。」アルデンが言った。「ただし——」
アルデンが対応表の最後のページを開いた。
「師匠が最後に書き残したページがある。まだお前に見せていなかった部分だ。」
記録紙に、未解読の符号の一覧が書かれていた。師匠が生涯をかけて集めた、解読できなかった符号たちだ。
アルノーは一覧と写しの符号を照合した。
七つのうち、四つが師匠の未解読一覧に含まれていた。
「四つは師匠も解読できなかった符号です。残り三つは、師匠の記録にも一覧にも載っていません。」
「師匠が見たことのない符号が、三回ある。」アルデンが言った。「それが——この壁画が、師匠より古い時代の記録であることを示している。」
アルノーは写しを見た。
三百年前の流派が刻んだ壁画。師匠も解読できなかった符号が含まれている。それが何を意味するかは、まだ分からない。
「解読できる符号だけで、内容の一部が分かりますか。」
「試してみる。」アルデンが対応表と写しを並べて、解読できる符号を順番に読み上げた。
「流れ……向き……深さ……中心……場所……」アルデンが止まった。「この配置では——場所と流れと中心が組み合わさっている。何かの位置を示している可能性がある。」
「位置。」
「具体的な場所、あるいは——」
アルデンが考え込んだ。
「まだ確信は持てない。だが、残りの三つの符号が鍵になるはずだ。師匠の記録にもない符号を、どうにかして解読する必要がある。」
アルノーは写しをじっと見つめた。
師匠さえ知らなかった三つの符号。それを知る者が、この街のどこかにいるのだろうか。




