第54話:最初の解読
区長に事前に連絡を入れた。
地下通路の奥の壁の陣式を、もう一度観測したい。今回は記録のために時間がかかる。そう伝えると、区長は「構わないが、帰りは暗くならないうちに」と言った。
放課後、アルノーとソレルの二人で旧市街に向かった。
レイドも来ると言ったが、今回は断った。解読の作業は、アルノーとソレルの二人で進める必要がある。余分な音が入ると、ソレルの観測が乱れる可能性がある。
「俺は待ってるから、何かあれば呼べ」レイドが言った。
「ありがとうございます」
「お前が礼を言うとき、本当に感謝しているときだと分かってきた」レイドが笑った。
区長の家で挨拶を済ませて、地下通路に降りた。
修復した照明陣が、通路を均等に照らしている。ソレルが通路に入った瞬間、耳が動いた。
「照明陣の音は、まだ静かです」
「修復から時間が経っていますが、歪みは戻っていません」
「いい設計だ」
奥に進んだ。照明陣の光が届かなくなる手前で、アルノーが指先に照明を作った。
壁の陣式の前に着いた。
直径一メートルの陣式。石に直接彫り込まれている。百年以上前から、ここにある。
アルノーは手順書の写しを確認した。
「始めます。私が陣式の構造を観測します。ソレルはリズムのパターンを聴き取ってください。感じたことを、随時口頭で伝えてください。私がそれを書き留めます」
「分かった」
ソレルが陣式の前に立ち、目を閉じた。
アルノーは陣式の線を視覚で追った。複雑に絡み合う補助線。それらが一点に集まらず、微妙に分散している。これも「流れの原則」に基づいた設計だ。
「……聞こえる」ソレルが小声で言った。
「どんな音ですか」
「低い音が一定の間隔で鳴っている。その合間に、高い音が混じる。……あ、今、高い音が三回続いた」
アルノーは記録紙にそれを書き込んだ。
師匠の記録にあった「場所・時・意図の三つのパターン」を思い出した。低い音が一種類のパターンを示し、高い音が別のパターンを示している可能性がある。
「低い音が続くときと、高い音が続くときで、長さは違いますか」
「違う」ソレルが答えた。「低い音は長く続く。高い音は短い」
「比率はどのくらいですか」
「……三対一、くらいだ」
三対一。
アルノーは記録紙にその数値を書き込んだ。
低い音が三、高い音が一。これが「場所を示すパターン」と「時を示すパターン」のどちらかだとすれば——
「一周期はどのくらいですか。どこで繰り返しが始まるか分かりますか」
ソレルが長い沈黙の後、言った。
「……まだ分からない。繰り返しがどこから始まるのか、つかめない。聴き続けないと分からない」
「続けられますか」
「少し頭が重くなってきた。もう少し聴ける」
アルノーは時間を確認した。
陣式の前に立って、十五分が経っていた。師匠の記録では一周期が約十分とあったが、まだ繰り返しの起点が見えていない。
「無理をしなくて大丈夫です。今日は最初の観測です」
「……もう少し」
ソレルが耳を動かした。
それから、目を開けた。
「今、始まりが来た」
「今が起点ですか」
「そう思う。音の流れが、一度リセットされた感じがした」
アルノーは時間を記録した。陣式の前に立ってから十八分後。
「今から一周期を観測します。続けられますか」
「できる」
ソレルが目を閉じた。アルノーも陣式の観測を再開した。




