第51話:報告
審査の翌日、アルノーは工房に向かった。
アルデンへの報告が必要だった。工房の記録を審査に使ったこと、審査がどう進んだか、結果がまだ出ていないこと。それと——ハーデン委員のことを。
工房の扉をノックすると、すぐに「入れ」という声がした。
アルデンは表の作業台で器具の分解をしていた。アルノーが入ると、手を止めた。
「審査はどうだった」
「結果は来週出ます。ただし、昨日の審査について報告があります」
アルノーは審査の経緯を話した。委員が八人になったこと、クレインが先行研究の除外を求めたこと、委員の意見が分かれたこと。
そして最後に——ハーデン委員のことを話した。
アルデンが手を止めた。
「ハーデン委員」
「はい。カルヴィン・ハーデンの孫だと言っていました」
アルデンが椅子に座った。
普段と違う座り方だった。いつもは背筋が伸びているが、今日は少し前に傾いた。
「カルヴィンに、孫がいたのか」
「委員会の委員です。三十代と思われます」
アルデンがしばらく黙っていた。
長い沈黙だった。工房の外から、街の音が聞こえてくる。荷車の音、人の声。それらが壁越しに届いて、静かな工房の空気に混じっている。
「カルヴィンが研究所を辞めた後、どうなったかは知らなかった」アルデンが言った。「辞めてから一年もしないうちに亡くなった、とだけ聞いた。家族がいたとは知らなかった」
「孫が、審査委員会に来ていました」
「……そうか」
またしばらく沈黙があった。
「師匠の研究が、審査の場で議論された」アルデンが言った。声のトーンは変わっていない。しかし言葉の重さが、いつもと違った。「六十年かかったな」
「ハーデン委員は、先行研究の除外に反対しました。祖父の研究の価値を、正式な場で主張しました」
「……そうか」アルデンが繰り返した。
アルノーは黙って待った。
アルデンが顔を上げた。
「審査の結果がどうなるかは、まだ分からない。ただし——師匠の研究が、審査委員会の場に出た。それだけで、俺が工房を続けてきた意味があった」
「そう思います」
「お前がここに来なければ、そうはならなかった」
「アルデンが三十年かけて積み上げたものがあったからです。私は最後の五本の補助線を追加しただけです」
「それでも——ありがとう」
アルデンが「ありがとう」と言うのは、初めてだった。
アルノーは少し間を置いた。
「こちらこそ、記録を使わせてもらいました」
アルデンが立ち上がり、奥の部屋に入って、何かを持ってきた。小さな箱だ。
「これを渡しておく」アルデンが箱を置いた。「師匠の記録の中に、記録陣式の解読の続きがある。まだお前に見せていない部分だ。今日、持っていけ」
「奥の棚の記録ですか」
「そうだ。今日で、お前に全部見せる段階になったと判断した」
アルノーは箱を受け取った。
「解読を進めます」
「ああ。楽しみにしてるぞ」




