第50話:審査
報告書の内容確認は、オルテが進行した。
最初に理論の部分から始まった。委員の一人が、均整理論の原理について質問した。アルノーが答えた。別の委員が数値の根拠を聞いた。リュミエールが答えた。
質問は十件以上あった。
アルノーは一つずつ、正確に答えた。感情を込めず、事実だけを話した。数値の裏付けを聞かれれば数値を出した。理論の根拠を聞かれれば理論を説明した。
一時間ほどで、報告書の内容確認が終わった。
委員たちの表情が、最初より柔らかくなっていた。全員ではない。クレインと、クレインの隣に座っている委員は変わっていない。しかし残りの五人は、報告書の内容を一定程度認めているように見えた。
「次に、先行研究の部分について確認します」オルテが言った。
クレインが口を開いた。
「先行研究の除外を、改めて求めます。アルデン工房の記録は、王立の認定を受けていない施設の研究です。審査の参考資料として不適切です」
オルテが委員たちを見回した。
「委員の皆さんの意見を聞きます」
委員が一人ずつ意見を述べた。除外すべき、という意見が二人。保留、という意見が三人。
若い委員の番になった。
「除外する必要はないと思います」若い委員が言った。「先行研究の価値は、どこで行われたかではなく、内容の正確性で判断すべきです」
クレインが若い委員を見た。
「ハーデン委員。アルデン工房が監視院にマークされている事実を、無視するのですか」
「監視院がマークしていることと、研究の正しさは別の問題です」ハーデン委員は静かに言った。「六十年前にも、同じような理由で排除された研究がありました。その結果、私たちは六十年間、この可能性を見落としてきた」
「……何が言いたいのですか」
「今回の報告書に含まれている先行研究の一つは——」ハーデン委員が報告書を手に取り、微かに声を震わせた。「六年前に王立研究所を辞めた、私の祖父の研究です」
クレインが口を開いた。
「ハーデン委員。それは重大な利益相反です。この審査から外れるべきです」
「利益相反の判断は、委員長が行います」ハーデン委員はオルテを見た。「委員長、いかがですか」
オルテが少し間を置いた。
「ハーデン委員が祖父の研究に関して個人的な関係があることは、開示すべき情報です。ただし、それが審査の公正性を損なうかどうかは、委員全員で判断します」オルテが言った。「委員の皆さん、いかがですか」
委員が一人ずつ答えた。
外れるべき、という意見はクレインともう一人だけだった。残りの四人は、開示した上で継続して構わないという意見だった。
「では、ハーデン委員には引き続き参加していただきます」オルテが言った。「先行研究の除外についても、委員の意見が分かれましたので、保留のまま審査を続けます」
クレインが不満そうな顔をしたが、何も言わなかった。
先行研究の内容確認が始まった。
師匠の研究の概要、王立に却下された経緯、アルデンの研究の概要、同じく却下された経緯。それぞれの研究が均整理論と同じ方向を向いていることの説明。
ハーデン委員が質問した。
「祖父の研究と、今回の均整理論の最大の違いは何ですか」
「数式の組み立て方が違います。ただし、結論は同じ方向を向いています」アルノーは答えた。「私は独立に辿り着きましたが、六十年前に同じ結論に辿り着いた人間がいた。三十年前にも、別の人間が辿り着いた」
「三つの世代が同じ答えに辿り着いた、ということですね」
「はい。それがこの理論の信頼性の根拠です」




