第49話:審査の朝
審査の朝、アルノーは日が出る前に目が覚めた。
眠れなかったわけではない。必要な睡眠は取った。ただし、予定より早く目が覚めた。
窓の外はまだ暗かった。東の空が、少しだけ明るくなり始めている。
アルノーは机に座って、報告書の写しを開いた。内容はすでに頭に入っている。ただし、確認する行為そのものが、思考を整理する助けになる。
理論の部分を読んだ。数値の部分を読んだ。先行研究の部分を読んだ。
一時間かけて、全部を読み終えた。
内容は正しい。先行研究がある。数値がある。実績がある。
あとは、それを委員たちに伝えるだけだ。
レイドが寝返りを打つ音がした。
「起きてるのか」
レイドの声がした。まだ眠そうだ。
「はい」
「何時だ」
「夜明け前です」
「早すぎる」レイドが起き上がった。「眠れなかったのか」
「眠れました。ただし、早く目が覚めました」
レイドがアルノーの方を見た。暗がりの中で、目だけが光っている。
「緊張しているのか」
アルノーは少し考えた。
緊張、という感覚があるかどうか。体の状態を確認した。心拍は通常通りだ。手が震えているわけでもない。ただし——
「分かりません」
「分からない?」
「緊張という感覚がどういうものか、自分では判断できません。ただし、いつもより早く目が覚めたことは、何かが通常と違うことを示しているかもしれません」
レイドが少し笑った。
「それが緊張だ」
「そうですか」
「俺も試合の前日は、早く目が覚める。午前だろ。まだ時間がある」
「寝られないと思います」
「じゃあ、そのままでいい」レイドが言った。「ただし、一つだけ言っておく」
「はい」
「お前が正しいことは、俺には分かる。技術的な話は難しくて全部は理解できないが——結果は見てきた。俺の炎が安定した。ソレルの耳が楽になった。旧市街の照明陣が直った。それは全部、本物だ」
アルノーは答えなかった。
「審査がどうなっても、本物は本物だ。それだけ覚えておけ」
レイドがそれだけ言って、目を閉じた。
しばらくして、また寝息が聞こえてきた。
アルノーは窓の外を見た。
東の空が、少しずつ明るくなっていた。
審査が始まるまで、あと三時間ほどある。
リュミエールは今頃どうしているだろう、とアルノーは思った。早く目が覚めているかもしれない。あるいは、いつも通り整然と準備をしているかもしれない。
どちらでも、リュミエールはリュミエールだ。
大会議室の前に着いたのは、審査開始の三十分前だった。
リュミエールがすでに来ていた。廊下の端に立って、資料を確認している。アルノーが近づくと、顔を上げた。
「早いですね」
「同じくらいです」
「早く目が覚めました」リュミエールが言った。「緊張しているのかもしれませんね」
「レイドも同じことを言いました」
リュミエールが小さく笑った。
「レイドさんらしいですね。……行きましょう。私たちの理論を、証明しに」
「はい」
扉が開いた。
大会議室の中には、すでに多くの大人が座っていた。前回よりも明らかに人数が多い。
アルノーは一歩、中へ踏み出した。




