第45話:最終確認
翌朝、二人でオルテの居室に向かった。
廊下を歩きながら、リュミエールが言った。
「昨日、クレイン先生と廊下で会いました」
「どうでしたか」
「何も言われませんでした。ただし、目が合ったとき——何か言いたそうでしたが、結局何も言わなかった」
「何も言わなかった」
「そうです」
アルノーはその情報を整理した。
クレインは異議申し立ての準備をしている。しかしリュミエールに直接何も言わなかった。セレスティナという名前に対して、直接動くことを避けているのかもしれない。
「クレイン先生の背後にいる保守的な委員が、動き始めているのかもしれません」
「どういうことですか」
「クレイン先生が直接動かず、別の人間を通じて動いている可能性があります」
リュミエールが少し考えた。
「それは——学会の内部で、均整理論への反発が組織化されているということですか」
「まだ分かりません。観測中です」
オルテの居室に入ると、オルテはすでにこちらを待っていた。机の上か片付いており、報告書を受け取る準備ができている。
アルノーが完成した報告書を手渡した。
オルテが確認し始めた。
最初の数ページを読んで、頷いた。続きを読んで、また頷いた。先行研究の部分に差し掛かったところで、手が止まった。
「アルデン工房の記録が含まれていますね」
「はい。使用許可を取りました」
「アルデン本人の名前も記載されている」
「本人の希望です。匿名では出さないという条件でした」
オルテが眼鏡を外した。それから報告書を置いた。
「ヴァレリウス。アルデンの研究が、過去に王立でどのように扱われたか、知っていますか」
「却下されたことは知っています」
「単に却下されただけではありません。彼の理論は『王立の体系を冒涜するもの』として、一時、禁書に近い扱いを受けました。アルデン本人が学園を去らなければならなかった理由も、そこにあります」
「技術的な評価の結果ですか」
「いいえ。政治的な判断です」
オルテが報告書の先行研究の項目を指差した。
「これを見れば、学会の古参の委員たちは当時のことを思い出すでしょう。彼らにとって、アルデンの名前が出ることは、過去の自分たちの判断を突きつけられることになります」
「内容が正しければ、受け入れられるはずです」
「理想的にはそうです。しかし、人間はそれほど論理的ではありません」
リュミエールが口を開いた。
「オルテ主任。アルデン先生の記録が報告書の中で正式に言及されることは——問題がありますか」
「問題があるかどうかは、委員会が判断します」オルテは言った。「ただし私個人としては——六十年前に却下された研究が、正式な場で議論されることは、むしろ必要なことだと思っています」
「そうですか」
「ただし、クレイン先生はそう思わないでしょう」オルテが続けた。「アルデンの名前が入った報告書は、保守的な委員たちに対して挑発的に映る可能性があります」
「挑発的に映ることと、内容が正しいことは別の話です」
「そうですね」オルテが言った。「それがあなたの強みであり——時に周囲を困惑させる部分でもある」
リュミエールが口を開いた。
「オルテ主任。この報告書を提出することで、クレイン先生の異議申し立てが加速する可能性はありますか」
「あります」オルテは率直に言った。「アルデンの名前が入ることで、工房との関係を問題視する声が出るかもしれない」
「それでも、提出すべきだと思いますか」
オルテがリュミエールを見た。それからアルノーを見た。
「二人に聞きます。この報告書を提出することで、状況が複雑になる可能性があることは理解した上で、それでも提出するつもりですか」
「はい」アルノーが答えた。
「はい」リュミエールも答えた。
オルテが少し間を置いた。
「分かりました。受理します」オルテが報告書に受理の判を押した。「審査委員会に提出します。委員会の日程は、一週間以内に通知します」
「ありがとうございます」リュミエールが言った。
「一つだけ言っておきます」オルテが続けた。「今回の審査は、均整理論の技術的な評価だけでは終わりません。六十年前から続く、王立の体系そのものの在り方が問われることになるでしょう」
二人は部屋を出た。
窓の外では、月がまだ昇る前の空が、青く澄んでいた。




