第44話:三世代の記録
翌日、アルノーは白棟の自習室に向かった。
リュミエールがすでに来ていた。昨日と同じ席に座り、報告書の草稿を読み返している。アルノーが記録紙の束を机に置くと、リュミエールが顔を上げた。
「工房の記録ですか」
「はい。使用許可が出ました」
リュミエールが束を見た。
「重いですね」
「六十年前と三十年前の研究が、両方入っています」
アルノーは束から記録紙を取り出し、年代順に並べた。一番古い記録から——師匠の字で書かれた、細く丁寧な研究記録だ。
リュミエールが一枚手に取った。
「……字が綺麗ですね」
「六十年以上前の記録です。工房の主の師匠が書きました」
リュミエールが読み始めた。
しばらく静かな時間が続いた。
「これは——均整理論と同じことを言っています」リュミエールが顔を上げた。「補助線の交点に滞留が生じること、非対称化で流れが制御できること」
「発想が同じです. 数式の組み立て方は違いますが」
「六十年前に、誰かが同じことを考えていた」
「しかし王立に却下されました」
リュミエールが記録紙を置いた。次の束——三十年前のアルデンの研究を手に取った。
こちらは読み進めると、途中で表情が変わった。
「交点を複数組み合わせる設計。これはあなたが工房で修正した陣式と関係ありますか」
「同じ研究です。アルデンが三十年かけてきた。これも王立に却下されました」
リュミエールが二つの束を交互に見た。
「六十年前、三十年前、そして今。三世代にわたって、同じ研究が続けられてきたということですね」
「そう思います」
「ただし——」リュミエールが少し間を置いた。「三世代にわたって王立に却下されてきた、ということも同時に示すことになります」
「そうです」
「それは——王立の審査基準が、六十年間間違い続けていたという主張にもなります」
アルノーは少し考えた。
「間違い続けていた、とは言いません」アルノーは言った。「審査基準が、特定の価値観に基づいていたということです。対称性の原則を絶対とする価値観。その価値観から外れるものは、技術的な評価より先に却下されてきた」
「価値観の問題、ということですか」
「はい。価値観は間違いではありません。ただし、唯一の正解でもありません」
リュミエールがしばらく黙っていた。
「私も、その価値観の中にいました」
「今もいますよ」アルノーは言った。「ただし、その価値観の外側にも何かがあることを、知り始めている」
リュミエールが小さく息を吐いた。
「……あなたは、毎回こういうことを言いますね」
「事実を言っているだけです」
「事実でも、言われると考えさせられます」
二人は作業に戻った。
先行研究の部分を報告書に追加していく。師匠の研究の概要、却下された経緯、アルデンの研究の概要、同じく却下された経緯。そして三つの研究が同じ方向を向いていることの説明。
リュミエールが書いた部分を、アルノーが確認した。アルノーが書いた部分を、リュミエールが確認した。互いの書き方の違いが、少しずつ見えてきた。
リュミエールの文章は、読みやすく整理されている。論理の流れが明確で、どこに何が書いてあるかが分かりやすい。アルノーの文章は、無駄が削ぎ落とされており、事実と数値が淡々と並んでいる。
二つの文章が組み合わさることで、報告書は一つの形になっていった。




