第43話:工房の判断
工房に着いたのは、午後の早い時間だった。
アルデンは奥の部屋にいた。複合陣式の持続時間の計測を続けているらしく、計測器具を手に作業台の前に立っていた。アルノーが入ると、振り返らずに言った。
「来たか。計測の結果を見るか」
「後で確認します。先に相談があります」
アルデンが器具を置いて振り返った。
アルノーは審査委員会の経緯と、報告書の内容を説明した。先行研究への言及が必要なこと、工房の記録に六十年前と三十年前の類似した研究があること、オルテから使用を慎重に判断するよう言われたこと。
アルデンが黙って聞いていた。
説明が終わると、しばらく沈黙があった。
アルデンが作業台の椅子に座った。アルノーにも座るよう手で示した。
「オルテが慎重に判断しろと言った理由は分かるか」
「工房が監視院にマークされているからです。工房の記録を審査に出すことで、政治的な要素が入るという判断だと思います」
「それだけではない」アルデンが言った。「工房の記録を表に出すことは、俺が三十年間、王立の体制に批判的な研究を続けてきたことを公にすることになる」
「それが、問題になりますか」
「なる可能性がある」アルデンは言った。「ただし——」
アルデンが少し間を置いた。
「俺はもう七十だ。工房を続けられる年数は、そう多くない。師匠の研究も、俺の研究も、誰かに引き継いでもらわなければ、また埋もれる」
アルノーは黙って続きを待った。
「お前が審査を通して均整理論を認めさせれば、その延長として工房の研究も日の目を見る可能性がある。今まで表に出せなかったものが、正式な場で議論の俎上に乗る」
「そのために、記録を使ってほしいということですか」
「使ってほしいというより——使う価値がある、ということだ」アルデンは続けた。「ただし、条件がある」
「何ですか」
「記録を出す場合、俺の師匠の名前と、俺の名前を記録に含めること。匿名では出さない」
アルノーは頷いた。
「分かりました。師匠の名前と、アルデンの名前を記録に含めます。ただし、オルテ主任と審査委員会に事前に確認が必要です」
「それはお前が判断しろ」アルデンが言った。「俺が表に出ることで、審査が複雑になると判断すれば、使わなくていい」
「複雑になっても、使う価値があると思います」
「なぜだ」
「先行研究があるという事実は、均整理論が一人の学生の思いつきではないことを示します。六十年間、同じ方向を向いた研究者が複数いた。それが審査の場で分かれば、理論の信頼性が上がります」
アルデンがしばらくアルノーを見ていた。
「お前は、俺の師匠の研究を守ろうとしているのか」
「守ろうとしているのではなく、使えるものは使う、ということです」
「同じことだ」アルデンが短く笑った。「いいだろう。記録を使え。ただし、記録の写しをどこに提出するか、提出前に俺に見せろ」
「分かりました」
アルデンが立ち上がり、奥の棚から記録紙の束を取り出した。
「師匠の研究は、この束の中にある。俺の研究は別の束だ。両方持っていけ。ただし——」アルデンが言った。「リュミエール・セレスティナにも、この記録を読ませるのか」
「はい。報告書は共同作成です」
「……首席様が、この異端の研究をどう評価するか。楽しみだな」
アルノーは記録を受け取り、工房を後にした。




