第41話:共同作業
報告書の作成を始めたのは、審査委員会の翌日からだった。
リュミエールが場所を提案してきた。白棟의 自習室だ。個室になっており、机が広く、資料を広げやすい。灰練の自習室より、明らかに設備がいい。アルノーが灰練の生徒として白棟の自習室を使うことを、受付の職員は少し戸惑いながらも認めた。リュミエールが「私の補助者として来ている」と説明した。
自習室に入ると、リュミエールがすでに机の上に資料を広げていた。五日間の計測記録、陣式の設計図、王立の標準様式との比較表。几帳面に整理されていた。
「どこから始めますか」
アルノーが言った。
「理論の部分から書いてもらえますか。私が数値の部分を書きます」
「分かりました」
アルノーは紙を一枚取り、均整理論の説明を書き始めた。
完全な対称形の陣式には補助線の交点に滞留が生じること。滞留が蓄積すると自壊リスクが上がること。交点の角度を非対称にすることで滞留が一方向に流れること。流れる方向が決まれば制御できること。
書きながら、隣でリュミエールが計測記録を整理しているのを確認した。日付、時刻、計測条件、数値。全て丁寧に書き込まれている。
「計測の方法が、一定ですね」
アルノーは言った。
「毎日同じ時刻に、同じ場所で、同じ器具を使って計測しました。変数を一つずつ変えると言っていたので、条件を揃えました」
「そのまま報告書に書いてください。条件の一定性が、数値の信頼性を担保します」
リュミエールが頷き、ペンを走らせた。
静かな時間が流れた。
ペンの走る音と、時折資料をめくる音だけが聞こえる。
「……アルノーさん」
「はい」
「昨日の審査の後、クレイン先生に呼び出されました」
リュミエールが手を止めずに言った。
「何か言われましたか」
「なぜ灰練の生徒を庇うのか、と言われました」
「何と答えましたか」
「庇っているのではなく、正しい事実を伝えようとしているだけです、と答えました」
リュミエールが少し顔を上げた。
「あなたの言い方に、似てきましたね」
「事実を言うのは、一番効率がいいですから」
リュミエールが小さく笑った。
「報告書が受理されたら、次の段階に進めますか」
「はい。次は複数の交点の同時修正を検証します」
「そのための実験、場所を確保する必要がありますね」
「工房が使えます」
「工房?」
「アルデンさんの工房です。あそこなら、複雑な計測器も揃っています」
「工房の主に確認します。許可が出れば、使えます」
「そうですか」
リュミエールが作業に戻った。それから少し間を置いて言った。
「工房には、よく通っているのですか」
「週に二度ほど。記録の整理と、研究の手伝いをしています」
「どんな研究ですか」
「複合陣式の研究です。複数の陣式を連結することで、単体では出せない効果を生み出す」
リュミエールが手を止めた。
「複合陣式」
リュミエールが繰り返した。
「それは——私の陣式にも応用できますか」
「可能性はあります。ただし、まだ研究の途中です」
「どのくらいかかりますか」
「分かりません。ただし、工房の記録には三十年分の研究があります。私が参加してから、一つの問題が解決しました。次の問題に取りかかっています」
リュミエールがしばらくアルノーを見ていた。
「あなたは、学園の外で多くのことをしているのですね」
「観測できる場所が、学園の中だけでは足りないので」
「ギルドでも依頼を受けていますね。旧市街の地下通路の修復も、あなたがしたのですか」
「はい」
「そこで古い陣式を見つけた」
「はい。百年以上前の陣式です。今でも動いています」
リュミエールが少し目を細めた。
「あなたが見ているものを、私はほとんど見ていなかった。学園の中だけで、首席として成績を出すことだけを考えていました」
「それは間違っていません」
「でも——」
リュミエールは続けた。
「あなたと話していると、学園の外に多くのものがあることが見えてきます」
「学園は、世界の一部です」
「当たり前のことですが、忘れていました」
リュミエールが再びペンを取った。
「報告書、今日中に一次案を完成させましょう」
「分かりました」
二人の作業は、夕方まで続いた。
窓の外では、月がまだ昇る前の空が、青く澄んでいた。




