第39話:審査の場
審査委員会が開かれたのは、申請から三日後だった。
リュミエールの申請が受理された速さは、アルノーには予想外だった。通常の審査申請は受理まで一週間から十日かかると聞いていた。三日で開かれたのは——セレスティナという名前が、制度の速度を変えたのだろう。
会場は、管理棟の二階にある会議室だった。
長い机の奥に、五人の委員が座っていた。オルテ学年主任、クレイン教師、それから王立魔法学会から来た三名だ。学会の委員は全員が五十代以上で、王立の理論書を何冊も書いた人物が含まれていると、リュミエールが事前に教えてくれた。
リュミエールが申請者として正面に立った。アルノーはその後ろに、補助者として座った。
委員の一人が書類を確認した。
「申請者、リュミエール・セレスティナ。均整理論の実証申請」
委員が顔を上げた。
「セレスティナ家の方が、このような申請をされるとは思いませんでした」
「私個人として申請しています。家の名前は関係ありません」
委員が少し間を置いた。
「……分かりました。では説明を」
リュミエールが話し始めた。
自分の陣式に交点の滞留があったこと。均整理論による修正で滞留が解消されたこと。五日間、毎日計測した数値の記録。持続時間が二十三パーセント延び、強度が十一パーセント上がったこと。
委員たちが記録紙を確認した。数値を見て、顔を見合わせた。
「この数値は、あなた自身が計測したのですか」
「はい。毎日同じ条件で計測しました」
「補助者のヴァレリウスに聞く」
学会の委員の一人が、鋭い視線をアルノーに向けた。
「均整理論とは、何だ。既存の魔術体系をどう書き換えるつもりだ」
「書き換えるつもりはありません」
アルノーは立ち上がって答えた。
「既存の陣式の多くは、完全な対称を目指して設計されています。しかし、物理的な媒体を通じる以上、完全な対称は存在しません。使い続けると歪みが生じます。排除しようとすればするほど、歪みが別の場所に移る」
「それは証明できますか」
「リュミエールさんの記録紙に、証明があります。五日間の数値が安定して改善しています。歪みを制御したことで、滞留が解消され続けています」
委員が記録紙を再び確認した。
しばらく沈黙が続いた。
学会から来た委員の一人が、別の委員に小声で何かを言った。もう一人が頷いた。
オルテが口を開いた。
「一つ確認します。均整理論は、王立の陣式を否定するものですか」
「否定していません。補完しています」
アルノーは言った。
「王立の陣式が目指す対称の理念は正しい。ただし、完全な対称は存在しません。歪みが生じたとき、その歪みを排除するのではなく方向を与えることで、より安定した陣式になります」
「より安定した、というのは」
「崩れる方向が決まれば、制御できます。制御できるものは、管理できます」
オルテが委員たちを見回した。
学会の委員三名が、短く協議した。
「……記録紙の数値は確かです」
一人が言った。
「ただし、一事例だけでは不十分です」
「追加の実証が必要だということですか」
アルノーが聞いた。
「そうなります」
リュミエールが口を開いた。
「私以外の事例も出せます」
委員が驚いた顔をした。
「他にもいるのですか」
「灰練の生徒で、魔力制御に均整理論を適用した例があります。また、旧市街の民家で複数の器具の修復事例があります。ギルドの記録として残っています」
アルノーはリュミエールを見た。
彼女は、ギルドの件まで調べていた。
「……分かりました。それらの事例を含め、正式な報告書の提出を求めます」
一人が宣言した。
「報告書が受理されるまで、ヴァレリウス君への一時停止措置は、条件付きで解除します。リュミエール・セレスティナの指導監督下でのみ、実証活動を認めます」
実質的な勝利だった。
会議室を出たあと、リュミエールが深く息を吐いた。
「……疲れました」
「よく話していました」
「あなたが後ろで平然と座っているから、負けられないと思いました」
リュミエールが少し笑った。
「報告書、手伝ってくださいね」
「分かりました」
二人は廊下を歩き出した。
窓から、午後の光が差し込んでいた。
まだ、始まったばかりだ。




