第38話:動き始めた流れ
翌朝、リュミエールが裏庭に来た。
約束の五日後より、二日早かった。アルノーが師匠の記録の写しを読んでいると、白棟の制服が裏庭の入り口に現れた。レイドが驚いた顔をして、練習の手を止めた。
「予定より早いですね」
アルノーは言った。
「聞きました」
リュミエールが言った。
「学園に王立魔法学会から問い合わせが来て、あなたへの活動停止通達が出た」
「昨日出ました」
リュミエールが裏庭に入ってきた。いつもより表情が硬い。
「クレイン先生に呼ばれました。私への均整理論の適用を、あなたが一方的に行ったという報告が学会に届いているそうです」
「一方的ではありません。あなたの意志で試したはずです」
「私もそう言いました」
リュミエールは続けた。
「しかしクレイン先生は、あなたが首席に接触して影響を与えたこと自体が問題だと言っています」
「私から接触したのは、昨日の状況を伝えるためだけです。最初にあなたから声をかけてきました」
「そうです。私が声をかけた。私の意志で試した。私が続けると決めた」
リュミエールが言った。
「だから、私が動きます」
アルノーは少し間を置いた。
「どう動くつもりですか」
「審査委員会に申請します。均整理論の正式な実証を、私が申請者として提出します」
アルノーは頷いた。
「リュミエールさんが申請者になれば、学園として無視できなくなります。ただし、あなたへの圧力も増す可能性があります」
「家の名前は、最後の手段にとっておきます」
「なぜですか」
「家の力で通したものは、家の力がなくなれば覆ります。自分の力で通したものは、残ります」
「なぜそこまでするのですか」
リュミエールが少し間を置いた。
「数値が出ているからです」
「それだけですか」
「……それだけではありません」
リュミエールは言った。
「私の陣式が頭打ちだったことは、自分でも分かっていました。でも認めたくなかった。あなたと話して、認めた後の方が楽だと気づいた。その経験が、正しいと思います。だから正式な場でも言えます」
アルノーはリュミエールを観測した。
声は揺れていない。今回は揺れていない。
決意が固まっているということだ。
「分かりました」
「一つだけお願いがあります」
「何ですか」
「審査の場で、実証を手伝ってください。私一人では、交点の修正の効果を正確に説明できません」
「審査委員会は、灰練の一年生が出席することを許可しますか」
「申請者が要請すれば、補助者として認められるはずです。規則を確認しました」
アルノーは少し考えた。
リュミエールが規則を確認してきた。
それは——準備をしてきたということだ。
「分かりました。審査の場に出ます」
リュミエールが頷いた。それから裏庭を出た。
レイドが近づいてきた。
「首席が動いたな」
「そうですね」
「お前、嬉しくないのか」
「嬉しいかどうか、判断が難しいです」
「難しくないだろ」
レイドが苦笑した。
「助けてもらってるんだぞ」
「助けてもらっているのは事実です」
アルノーは裏庭の入り口を見た。
リュミエールの背中が、白棟の廊下に消えていく。
流れが変わった。
これまでは、アルノーが起点となって流れていた。
今は、別の起点が生まれた。
それは、アルノーが予想していたよりも早い変化だった。




