第37話:三方向
三つの話が、同じ日に重なった。
朝、学務室から呼び出しがあった。
オルテ学年主任が、アルノーを待っていた。クレインからの報告を受けて、正式に話し合いの場を設けるということだった。オルテの表情は穏やかだったが、机の上に積まれた書類の厚さが、事態の深刻さを示していた。
「ヴァレリウス。状況が変わってきた」
オルテが言った。
「クレイン先生から報告が来た。それと同時に、王立魔法学会から学園への問い合わせが届いた」
「問い合わせの内容は」
「灰練の学生が、王立の認定外の理論を使って首席の陣式を改変しているという報告が学会に届いた。学会として、事実確認を求めている」
アルノーは頷いた。
器具商会が動いた、あるいは白棟の生徒を通じて情報が伝わった。どちらかは分からないが、想定の範囲内だ。
「学会への回答はどうなりますか」
「事実確認をした上で、適切に対処する、という回答になる」
オルテが続けた。
「適切な対処とは、あなたの活動を一時停止させることだ。学会からの問い合わせがある以上、学園として無視できない」
「正式な通達として出ますか」
「今日中に出る」
アルノーは頷いた。
「分かりました」
「それだけか。反論はないのか」
「反論する材料が今はありません」
オルテが少し間を置いた。
「……お前は、本当に動じないな」
「動じても状況は変わらないので」
学務室を出て、次の授業に向かった。
授業中、ギルドからの伝言魔法が届いた。エレナからだった。
昨日、器具商会が正式な申し入れをギルド本部に行った。ギルドとしても、安全基準の問題として対応を検討中とのこと
アルノーはメモを読んで、返事を書いた。
分かりました。放課後に確認します
昼休み、工房に向かった。
アルデンが奥の部屋で作業をしていた。アルノーが入ると、顔を上げた。
「来たか。顔色が悪いな」
「そうですか」
「何かあったか」
アルノーは学園とギルドの状況を簡潔に説明した。アルデンが黙って聞いていた。
「工房への影響は」
アルノーが聞いた。
「ある」
アルデンが言った。
「昨日、監視院の人間が来た。工房の活動内容の確認だ」
「監視院が」
「以前からマークされていたが、今回は直接来た。お前がここに通っていることも、把握している」
三方向からの圧力が、同じ日に重なった。
学園——活動停止の正式通達が今日中に出る。
ギルド——器具商会の申し入れを受けて対応検討中。
工房——監視院が直接来た。
アルデンが椅子に座った。
「お前、次の手はあるか」
アルノーは少し考えた。
いつもなら、歪みが見えて、修正の方向が分かる。川が障害物に当たっても、流れる方向が見つかる。しかし今は——
「今のところ、見えていません」
アルデンが静かに頷いた。
「正直だな」
「見えていないことを見えていると言う理由がありません」
「三十年間、俺も似たような状況に何度かあった」
アルデンは言った。
「そういうときは、自分が動こうとするより、周囲が動くのを待つ方がいい場合がある」
「周囲が動くのを待つ」
「川は自分で岩を動かさない。ただ、流れる方向が見つかるまで、その場所に留まる」
アルノーはアルデンの言葉を反芻した。
留まる。
今はまだ、次の形が見えていない。
しかし、水は確実に溜まっている。
「放課後、また来ます」
「ああ。待っている」
工房を出て、午後の授業に向かった。
空は、厚い雲に覆われていた。
月は見えない。
しかし、見えない側があることを、アルノーは知っている。




