第36話:業者の訪問
その日のギルドは、入った瞬間から様子が違った。
カウンターの前に、見慣れない二人組が立っていた。どちらも四十代ほどで、商人風の服を着ている。エレナと何か話しているが、エレナの表情が硬い。
アルノーが近づくと、二人組の一人がこちらを向いた。
「あなたがヴァレリウスですか」
「はい」
「王立器具商会の者です。少し話があります」
エレナが小声でアルノーに言った。
「奥の部屋を使っていい」
奥の小部屋に、四人で入った。
商会の男が、椅子に座らずに立ったまま話し始めた。
「単刀直入に言います。あなたの修復活動が、我々の商売に影響を出しています」
「どういう影響ですか」
「旧市街の区長から、器具の修復依頼が来ていました。複数の民家の加熱器具と防犯陣の修復です。見積もりを出して、発注を待っていた。しかしあなたが先に修復してしまった」
「ギルドを通じた正規の依頼を受けました」
「それは知っています。ただし、我々が見積もりを出していた案件です。順番があります」
アルノーは少し考えた。
見積もりの状態では、発注は確定していません。ギルドへの依頼は正規の手続きです。
「見積もりの状態では、発注は確定していません。ギルドへの依頼は正規の手続きです」
「それは分かっています」
男の声が少し強くなった。
「ただし、あなたの修復方法に問題があります。我々が確認したところ、あなたは認定された交換部品を使わず、既存の陣式を改変して修復している。これは王立の安全基準に違反する可能性があります」
「基準には違反していません。効率を上げているだけです」
「認定外の改変は、それだけで違反です。もし何かあれば、誰が責任を取るのですか。器具商会は保証を打ち切ります」
「修復後の数値は、新品の状態より安定しています」
「数値の問題ではない!」
男が机を叩いた。
「制度の問題だ。我々が管理している市場を、一介の学生がかき乱すことは許されない」
アルノーは男を観測した。
利益を守ろうとする必死さがある。技術の正否ではなく、利権の侵害を恐れている。
「商売に影響が出るのは、私の修復が安価で迅速だからですか」
男が黙った。
「それとも、私の修復が王立の技術よりも優れていると、住民が気づき始めたからですか」
男の顔が赤くなった。
「思い上がるな。あなたのやっていることは、一時的な小細工に過ぎない」
男は別の紙を取り出した。
「これは、ギルドへの抗議書です。認定外の術者による器具修復を停止させるよう求めています」
エレナが口を開いた。
「ギルドとしては、依頼主が納得している限り、活動を制限する根拠はありません」
「では保証の問題を持ち出しましょう」
男がアルノーを見た。
「あなたが修復した器具で事故が起きた場合、商会は一切の責任を負わないだけでなく、損害賠償を請求します。依頼主にもその旨を伝えます」
これは、技術の問題ではなく、制度の問題だ。
「認定を受けるには、どうすればいいですか」
男が少し驚いた顔をした。
「……王立魔法学会に申請して、審査を受ける必要があります。ただし、審査には半年から一年かかります」
「その間は、修復活動を停止しろということですか」
「そういうことになります」
アルノーは頷いた。
学園でクレインに言われたことと、同じ構造だ。審査を受けろ。その間は停止しろ。審査に時間をかけることで、実質的に活動を止める。
「依頼主への説明は、私がします。保証が外れることを伝えた上で、続けるかどうかを依頼主に決めてもらいます」
男がまた驚いた。
「……それで、依頼主が納得するとお思いですか」
「分かりません。ただし、情報を伝えた上で判断してもらうことが、正しいと思います」
「王立の器具商会として、認定外の修復を黙認することはできません」
男は言った。
「ギルドを通じて、あなたの活動を制限するよう申し入れをします」
「それはギルドが判断することです」
男が小さく息を吐いた。
「……話が通じにくい人だ」
「事実を言っているだけです」
二人組が部屋を出た。
エレナが入ってきた。
「聞こえていた」
エレナが言った。
「どうするつもりか」
「依頼主に事実を伝えます。保証が外れることを説明した上で、続けるかどうかを決めてもらいます」
「それで依頼が減る可能性がある」
「そうかもしれません。ただし、隠して続けることはできません」
エレナがしばらくアルノーを見た。
「ギルドへの申し入れが来た場合、私はどう判断すべきか、ギルド長と相談する。でも、私はあなたの技術を信じている」
「ありがとうございます」
アルノーは部屋を出た。
三方向から圧力がかかり始めている。
学園。ギルド。そして背後にいる王立の権威。
障害物が、川の流れを遮り始めた。




