第35話:首席の選択
リュミエールを見つけたのは、図書室だった。
王立魔導学園の図書室は、白棟の棟に隣接している。灰練の生徒が入れないわけではないが、実質的に白棟の生徒が使う場所だ。アルノーが入り口に立つと、受付の職員が少し驚いた顔をした。
「灰練の生徒も、利用は可能ですか」
「……規則上は、全寮の生徒が利用できます」
「では入ります」
図書室の中は静かだった。棚が整然と並んでおり、数人の白棟の生徒が席について本を読んでいる。視線がアルノーに集まった。気にせず歩いた。
リュミエールは奥の席にいた。
魔法陣の理論書を開いて、何かを書き込んでいる。アルノーが近づくと、顔を上げた。
「……あなたが図書室に来るのは珍しいですね」
「探していました」
リュミエールが本を閉じた。
「私を?」
「はい。クレイン教師と話しました。状況を先に伝えておく必要があると思ったので」
リュミエールが少し目を細めた。
「クレイン先生が動いたのですか」
「あなたへの関わりをやめるか、正式な審査を受けるか、どちらかを選ぶよう言われました」
「審査には時間がかかる。その間は活動を停止しろということですね」
「そうです」
リュミエールがしばらく黙っていた。
図書室の外から、廊下を歩く生徒たちの足音が聞こえてくる。静かな室内では、それがよく聞こえた。
「一つ確認させてください」
リュミエールが言った。
「あなたは、どうしたいのですか」
「私は観測を続けたいと思っています。あなたの陣式の改善は、理論の実証として有用です」
「有用だから、続けるということですか」
「そうです」
リュミエールが小さく笑った。皮肉ではなく、どこか納得したような笑いだった。
「相変わらず、目的がはっきりしていますね」
「不確定な要素を減らしたいだけです」
「私の方は、少し事情が複雑です」
リュミエールが続けた。
「クレイン先生は私の担任でもあります。先生の指示に背けば、白棟での私の立場に影響が出る。首席としての推薦や、将来の進路にも」
「そうでしょうね」
「それでも、あなたは続けた方がいいと言いますか」
「技術的な観点からは、続けた方がいいです。歪みがあるまま使い続けることは、長期的に見て不利益です」
アルノーはリュミエールの目を見た。
「ただし、政治的な観点からは、やめる方が合理的です。あなたの立場を守ることが、今は優先されるべきかもしれません」
「合理的、ですか」
「はい」
「あなたは、どちらの観点を優先すべきだと思いますか」
「私に判断できることではありません。技術の歪みを取るか、環境の歪みを取るか。どちらかを選ぶのは、あなた自身です」
リュミエールが息を吐いた。
「……あなたは本当に、突き放しますね」
「事実を言っているだけです」
「でも、一つだけ教えてください。私の陣式の歪みは、他でもない私自身の歪みですか」
アルノーは少し考えた。
「陣式は術者を映します。ただし、それはあなたが悪いという意味ではありません。あなたが学んできた体系そのものに、微小な歪みが含まれている。あなたはそれを誠実に受け継いだだけです」
「誠実に受け継いだ結果が、歪みであると」
「そうです。だからこそ、修正にはあなたの誠実さが必要です」
リュミエールがしばらくアルノーを見つめていた。
視線が揺れていない。
「分かりました。私の答えは決まっています」
「どうしますか」
「続けます。クレイン先生には私から話します。あなたが強制したのではなく、私が頼んだのだと」
「それは、あなたへの風当たりが強くなります」
「首席ですから。そのくらい、撥ね退けます」
リュミエールが本を片付け始めた。
「五日後、また裏庭に行きます。それまでに、次の修正箇所を準備しておいてください」
「分かりました」
リュミエールが図書室を出て行った。
アルノーは、彼女が座っていた椅子を見た。
環境の歪みよりも、技術の歪みを取ることを選んだ。
それは必ずしも合理的ではない選択だ。しかし——その選択自体が、新しい流れを生む可能性がある。
アルノーは図書室の棚を見た。
ここには多くの知識がある。しかし、今起きていることを説明できる知識は、まだどこにも書かれていない。
自分たちで書くしかないのだ。




