第34話:教師の圧力
教師が動いたのは、翌日だった。
朝の授業が終わったあと、アルノーは廊下で呼び止められた。声をかけてきたのは、魔法陣応用理論を担当するクレイン教師だった。四十代で、白棟の担当教師だ。セルダンとは違い、白棟の生徒に対して特に熱心な教師として知られている。
「ヴァレリウス。少し時間があるか」
「はい」
「私の居室に来なさい」
クレインの居室は、セルダンの部屋より広かった。壁に王立魔法学の証書が複数飾られており、机の上に分厚い理論書が積まれている。クレインが椅子に座り、アルノーに向かいの椅子を勧めた。
「単刀直入に聞く」
クレインが言った。
「リュミエール・セレスティナの陣式に、修正を加えているというのは本当か」
「本人の意志で試してもらっています。私が加えたのではありません」
「詭弁だ」
クレインが言った。
「あなたが方法を伝え、本人が実行した。実質的には同じことだ」
「方法を伝えることと、修正することは違います」
「結果は同じだ」
クレインが続けた。
「リュミエールの陣式に変化が生じた。その変化が、王立の標準様式から外れたものだ」
「外れていますが、数値は改善しています」
「数値が改善されることと、正しいことは別だ」
クレインが言った。
「王立の陣式は、数値だけで評価するものではない。精神的な安定、術者との一体感、伝統的な美しさ——そういったものが含まれている。数値だけを追い求めるのは、下等な魔術師のやることだ」
アルノーはクレインを観測した。
声に苛立ちがある。数値という客観的な事実を突きつけられたことへの、防御反応だ。
「正しいとは、何ですか。学園の教育課程を経ずに、独自の理論を広めることは認められていません」
「許可なく広めていません。リュミエールさんから質問があったので、答えました」
「それを広めると言うんだ」
「広める、というのは不特定多数に向けて発信することだと理解しています。一対一で答えることは、広めることとは違います」
クレインが息を吐いた。
「言葉の定義で逃げるな」
「逃げていません。正確に話しているだけです」
クレインが少し間を置いた。
「ヴァレリウス。私はあなたを罰したいわけではない。ただし、このままでは学園として対処せざるを得なくなる。リュミエールへの関わりをやめるか、正式な手続きを踏んで理論を発表するか、どちらかを選びなさい」
「正式な手続きとは何ですか」
クレインが少し驚いた顔をした。やめると言わなかったことに、戸惑っているのだろう。
「学園の審査委員会に理論を提出し、審査を受ける。承認されれば、正式な教育内容として認められる」
「審査には時間がかかりますか」
「通常は半年から一年だ」
「その間、リュミエールさんへの関わりはどうなりますか」
「審査中は活動を停止してもらう」
アルノーは考えた。
半年から一年の停止。その間、リュミエールの陣式は改善の途中で止まる。セインの観測も続く。工房の記録解読も制限される可能性がある。
「審査を受けることと、関わりをやめることは、実質的に同じ結果になりますね」
「……そうとも言える」
クレインが言った。
「しかしそれが学園の規則だ」
「考えさせてください」
「今日中に答えを出しなさい」
クレインの部屋を出た。
廊下を歩きながら、アルノーは周囲の音を聞いた。
生徒たちの話し声、足音、遠くで鳴る鐘の音。
歪みが、大きくなっている。
白棟の生徒、首席、教師。それぞれの立場が、異なる方向から力をかけている。
川の流れが、大きな岩に突き当たった。
どう流れるか。
アルノーは自分の手を見た。
まだ、見えていない部分がある。




