第31話:五日後
リュミエールが裏庭に来たのは、約束通り五日後だった。
夕方の裏庭に、白棟の制服が入ってきた。レイドとソレルが練習をしていた。レイドがリュミエールに気づいて、練習の手を止めた。ソレルは止めなかった。
「また来たのか」
レイドが言った。
「約束がありましたので」
リュミエールは答えた。レイドを一瞥してから、アルノーに向かった。
「五日間、交点の修正を続けました」
「結果はどうでしたか」
「持続時間が、最初の計測より二十三パーセント延びました。強度は十一パーセント上がっています。五日間で、数値が安定してきました」
「数値を記録していたのですか」
「毎日計測しました」
リュミエールが懐から紙を取り出した。
「日付ごとの数値です」
アルノーは紙を受け取った。
確かに毎日計測されていた。同じ時刻に、同じ条件で計測した記録だ。数値が日ごとに安定していく様子が、明確に見える。
「丁寧に記録しています」
「あなたが変数を一つずつ変えると言ったので、条件を揃えました」
リュミエールは言った。
「ただし一つ気になることがあります」
「何ですか」
「四日目から数値の伸びが止まりました。持続時間も強度も、四日目と五日目がほぼ同じです。これは限界ですか」
アルノーは記録紙を確認した。
確かに四日目から数値が横ばいになっている。一つの交点を修正した場合の改善効果が、飽和したということだ。
「一か所の修正で出せる改善には限界があります。次の段階に進む必要があります」
「次の段階」
「別の交点を修正します。ただし、最初の交点と干渉しないように順番を決める必要があります」
リュミエールが少し間を置いた。
「時間がかかりますか」
「今日、確認できます」
アルノーはリュミエールの陣式を展開してもらった。裏庭の石床に、リュミエールの防壁陣が広がった。先日より確かに流れが軽い。最初の交点の修正が、体に馴染んでいる。
観測した。
次に修正すべき交点が、二か所ある。左上と右下だ。ただし左上を先に修正すると、右下に影響が出る可能性がある。右下から始める方が安全だ。
「右下の交点を、内側に二度修正してください」
リュミエールが陣式に手を当て、調整した。
陣式の流れが変わった。全体の重さが、また少し軽くなった。
「どう感じますか」
「……流れが、また変わった」
リュミエールが陣式を見ながら言った。
「最初に修正したときと同じ感覚です。何かが外れる感じ」
「詰まりが解消されています」
リュミエールが陣式を消した。それから記録紙に数値を書き込んだ。
「今日の数値も記録します」
「今日から五日間、同じように計測してください。四日目で止まったら、また来てください」
「分かりました」
リュミエールが記録紙をしまった。それからアルノーを見た。
「一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「あなたは、なぜ私の陣式を改善しようとするのですか」
アルノーは少し考えた。
「改善しようとしているわけではありません。歪みが見えるので、修正できると思っただけです」
「それだけですか」
「それだけです」
リュミエールがしばらくアルノーを見ていた。
「首席の陣式に歪みがあると言った最下位が、灰練にいる。それだけで、学園の中では話題になっています」
「そうですか」
「気にしないのですか」
「気にする理由がありません。歪みがあったのは事実です」
リュミエールが小さく息を吐いた。
「あなたと話していると、自分が何に拘っていたかが見えてきます」
「何に拘っていましたか」
「首席であること。王立の陣式が最も優れていること。それを証明し続けることに」
リュミエールは言った。
「ただし、あなたとこうして話していると——その拘りが、少し窮屈に感じてきました」
アルノーは答えなかった。
答えるべき言葉が、今は思い浮かばなかった。窮屈に感じることが良いことかどうか、アルノーには判断できない。ただリュミエールが自分でそれに気づいたということは、何かが変わり始めているということだ。
レイドが少し離れた場所で、また練習を再開していた。炎が安定している。ソレルが壁際で目を閉じていた。裏庭の音を、静かに聞いているのだろう。
「五日後、また来ます」
リュミエールが言った。
「来てください」
リュミエールが裏庭を出た。
レイドがアルノーに近づいた。
「あの人、最初より話しやすくなったな」
「そうですか」
「最初は、なんか近寄りがたい感じがあった。今日は普通に話してた」
「陣式の数値が出たことで、話す内容が具体的になったからだと思います」
「お前はそういう見方をするんだな」
レイドが笑った。
「俺は、あの人が少し素直になったと思ったが」
「そうかもしれません」
ソレルが目を開けた。
「あの人の声、今日は少し揺れていた」
アルノーが振り返った。
「どこで」
「首席であることに拘っていた、と言ったとき」
ソレルは言った。
「声が揺れた。それを言うのが、簡単ではなかったんだと思う」
アルノーは裏庭の出口を見た。
リュミエールはすでに廊下に消えていた。
首席であることに拘っていた。それを認めることが、簡単ではなかった。
声の揺れは、それを示している。
「記録しておきます」
アルノーは言った。
「記録する必要があるか」
レイドが言った。
「あります。変化の方向を把握するために」
レイドが頭を掻いた。ソレルが小さく息を吐いた。
裏庭に、夕方の光が差していた。
昨夜の満月から一日が経った。
月は今夜、昨日よりわずかに欠けている。
アルノーはその事実を確認してから、練習に戻るレイドの炎を観測した。
今日も、炎は安定していた。




