第27話:三十年の先
工房に着くと、アルデンはすでに奥の部屋にいた。
扉が開いており、中から作業台の陣式を確認している音が聞こえた。アルノーが入ると、アルデンが振り返った。
「来たか。答えは出たか」
「出ました。ただし、アルデンが試してきた方法とは違います」
「聞こう」
アルノーは昨夜作った修正案の紙を取り出した。作業台の陣式の隣に広げて、説明を始めた。
「歪みを修正するのではなく、歪みを前提にした設計に更新します」
アルデンが眉を動かした。
「歪みを前提に」
「五か所の歪みそれぞれの方向に沿って、補助線を一本ずつ追加します。追加した補助線が新しい流れの経路になる。歪みが障害から、流れの一部に変わります」
「……補助線を追加すると、陣式全体の構造が変わる」
「変わります。ただし基本構造は維持します。変わるのは、歪みの周辺だけです」
アルデンがしばらく修正案を見ていた。
「これは——流れの原則の発想だな」
「そう思います。歪みを取り除くのではなく、歪みに沿って流れを作る」
「俺は三十年、歪みを修正しようとしてきた。お前は、歪みを使う方を選んだ」
「アルデンが三十年かけてきた方法は間違っていません。歪みを修正するアプローチには、確実性があります。ただし、歪みが干渉し合っている場合は、別の方法が必要だと思いました」
アルデンが長い沈黙の後、言った。
「試してみろ」
アルノーは作業台の陣式に向かった。
五か所の歪みを、もう一度観測した。昨夜の計算通り、それぞれの位置と角度を確認する。
指先に魔力を込めた。
まず一番の歪み。右上方向の流れ。そこに寄り添うように、一本の細い補助線を引いた。魔力が、新しい経路を見つけて流れ始めた。
二番の歪みに移る。左下方向。同じように補助線を追加した。
三番、四番、五番。順番に補助線を追加していく。
追加するたびに、陣式全体の流れが変わった。干渉し合っていた歪みが、一つずつ新しい経路を得て、流れの一部になっていく。
五本目の補助線を追加した。
陣式が、静かに光った。
これまでの不安定な光ではない。均一ではないが——安定した光だ。複数の補助線から、それぞれ違う方向に光が伸びている。一点から全方向に広がる現行の陣式とは違う、複雑な形の光だ。
エレガントではない。
しかし、消えない。
アルデンが計測器具を当てた。数値を確認した。もう一度確認した。
「……効率が、元の設計より二割高い」
「歪みが流れの一部になったので、その分が出力に転換されています」
「持続時間は」
「時間を置いて確認する必要がありますが、歪みが制御されているので、以前より長くなるはずです」
アルデンが計測器具を置いた。
作業台の陣式を、長い時間、見ていた。
アルノーは声をかけなかった。
アルデンがどんな顔をしているかは、横顔からは分からない。ただ、いつもより動きが少ない。
「三十年だ」アルデンが言った。
声のトーンは変わらなかった。感情を出さない老人だ。しかし言葉の重さが、いつもと違った。
「三十年かけて、できなかった」
「アルデンが三十年積み上げてきたものがあったから、私が辿り着けました」アルノーは言った。「基本構造の設計がなければ、補助線を追加するだけでは機能しませんでした」
「……そういう言い方は、年寄りを慰める時だけにしておけ」
アルデンがようやく振り返った。その目は、少しだけ充血しているように見えたが、光は鋭かった。
「及第点以上だ。アルノー・ヴァレリウス。お前は俺の想像を超えた」
「ありがとうございます」
「だが、これで終わりではない。この陣式が安定したことで、次の段階へ進める」
アルデンが棚の奥から、別の記録紙を取り出した。
「次は、この陣式を何に使うかだ」
アルノーは頷いた。
歪みを使いこなす技術は、まだ始まったばかりだった。




