第26話:夜の計算
部屋に戻ったのは、夕食を済ませた後だった。
レイドがベッドに横になって天井を見ていた。アルノーが机に座って紙を広げると、「また計算か」と言った。
「修正の順番を考えています」
「工房の陣式か」
「はい。五か所の歪みが互いに干渉しています。どの順番で修正するかで、結果が変わります」
「難しそうだな」レイドが起き上がった。「俺に分かる話か」
「分からなくても構いませんが、話しながら考えを整理したいので」
「珍しいな。お前が話しながら考えたいとか言うの」
「そうですか」
レイドがベッドの端に座った。
アルノーは紙に、五か所の歪みの位置を記した。それぞれに番号をつけて、影響関係を線で結んでいく。
「五か所の歪みが、こういう関係にあります」アルノーが紙をレイドに向けた。「一番を修正すると、三番に影響が出る。二番を修正すると、四番と五番に影響が出る。三番を修正すると、一番に戻る」
「ループしてるじゃないか」
「そうです。それが三十年解決できなかった理由です」
レイドが紙を見ながら考えた。
「全部を一度に修正できないのか」
「同時に修正しようとすると、干渉が複雑になりすぎて制御できなくなります」
「じゃあ、どれから始めれば一番影響が少ない」
「影響が少ない場所から始める、というアプローチには限界があります。どの修正も、他の場所に何らかの影響を与える。影響がゼロの修正は存在しない」
レイドが腕を組んだ。
「じゃあ、どうするんだ。手詰まりじゃないか」
「修正するのではなく、歪みを込みにした設計に更新する、ということです。歪みが五か所あるなら、その五か所の歪みを前提にした補助線の配置に変える」
「……アルデンが三十年かけてきた方法と、全然違うな」
「違います」アルノーは言った。「ただし、うまくいくかどうかはまだ分かりません」
レイドが紙をもう一度見た。
「五か所の歪みを前提にした設計に変える。それは、陣式を最初から作り直すことにならないか」
「なりません。基本構造は維持します。ただし、歪みの方向に合わせて補助線の角度を微修正する。歪みが流れの一部になるように」
「さっきの川の話みたいだな」レイドが言った。「障害物があるなら、それを使って流れを作る」
「そうです」
レイドが息を吐いた。
「お前の話、最初は何を言ってるか分からないことが多いが」レイドは続けた。「最終的には、なんか納得できるんだよな」
「そうですか」
「うん。川の話も、最初はピンと来なかった。でも今は分かる。歪みを直すより、歪みを使う方が自然だって」
アルノーは紙に新しい線を引き始めた。
五か所の歪みの方向を書き込んで、それぞれの方向に合わせた補助線の修正案を描いていく。歪みを流れの一部として取り込むための配置だ。
一番の歪みは右上方向。その方向に沿った補助線を一本加える。二番の歪みは左下方向。三番は——
「なあ、アルノー」レイドが言った。
「はい」
「お前、最近楽しそうだな」
アルノーは手を止めた。
「そうですか」
「ああ。入学したての頃より、目が動いてる。歪みを探すだけじゃなくて、それを使って何かを作ろうとしてる時の目は、見ていて飽きないな」
アルノーは自分の手元を見た。
楽しそう、という自覚はなかった。ただ、三十年解けなかった問題に、新しい補助線を引く作業は、確かに心地よい集中をもたらしていた。
「……そうかもしれません」
アルノーは短く答えて、またペンを動かした。
夜は更けていったが、計算が終わるまでは眠れそうになかった。




