第23話:知っている顔
翌日の放課後、アルノーは工房に向かった。
通常の訪問日より一日早かったが、素描を早く見せたかった。旧市街の地下通路で見つけた陣式の形が、頭から離れなかった。昨日の夜、寝る前にもう一度素描を確認して、記憶と照合した。やはり見たことがない設計だった。
工房の扉をノックすると、すぐにアルデンの声がした。
「誰だ」
「アルノーです。予定より早いですが、見せたいものがあります」
少し間があってから、扉が開いた。アルデンが眼鏡の奥でアルノーを見た。
「何だ」
「旧市街の地下通路で、こういう陣式を見つけました」
アルノーは懐から素描を取り出してアルデンに渡した。
アルデンが素描を受け取り、眼鏡を外して間近で確認した。
一秒。
二秒。
アルデンの手が、わずかに止まった。
「……どこで見た」
「旧市街の地下通路です。照明陣の修復依頼で入ったとき、奥の壁に刻まれていました」
「壁に直接か」
「はい。直径一メートルほどの陣です」
アルデンがしばらく素描を見ていた。それから、アルノーを見た。
「中に入れ」
工房の中に入ると、アルデンは素描を作業台の上に置いた。棚の方へ歩いて、上段の奥から古い記録紙を取り出した。一度も見たことがない記録紙だ。棚の表には出ていなかった。
記録紙を広げて、素描の隣に置いた。
「比べてみろ」
アルノーは二つの図面を観測した。
記録紙に描かれているのは、素描の陣の一部と酷似した設計だった。補助線の交差のさせ方、符号の独特な崩し方。
「似ています」
「似ているんじゃない、同じだ。設計思想は同じだ」
「これは何の陣式ですか」
アルデンが椅子を引いて座った。アルノーにも座るよう、手で示した。
「長い話になる」
アルノーは椅子に座った。
「王立の魔法体系が確立される前、この国には別の魔法の流派があった」アルデンは言った。「対称性の原則ではなく、流れの原則を基本にした流派だ。魔力を一点に集中させるのではなく、自然な流れに沿って動かす」
「流れの原則」
「川の水は、障害物があれば迂回する。一点に押し込めば溢れる。流れの原則は、魔力を川と同じように扱う。歪みを排除するのではなく、歪みに沿って流す」
アルノーはその言葉を聞いて、少し考えた。
歪みに沿って流す。
自分の均整理論は、歪みの方向を決めて制御する。流れの原則は、歪みを受け入れてその通りに流す。似ているが、違う。
「その流派は、今はないのですか」
「王立の魔法体系が確立されたとき、排除された」アルデンは言った。「対称性の原則の方が出力が高く、制御しやすいという理由でな。流れの原則は非効率だと判断された」
「排除とは」
「研究の禁止と、記録の廃棄だ」アルデンが素描を指した。「ただし、全部は廃棄されなかった。旧市街のように、古い建物に残っているものがある。それと——」
アルデンが奥の扉を見た。
「工房の奥に、残っている」
アルノーは奥の扉を見た。
「奥の扉の向こうに、流れの原則の記録があるのですか」
「記録だけじゃない」アルデンが低い声で言った。「この三十年、俺があそこで何を作ってきたか。その目で見るか」
アルノーは頷いた。
「見たいです」
「ならば、一つ条件がある。この素描の陣式が、何を目的としたものか、自分で考えてこい。答えが合っていれば、奥を見せてやる」
アルデンが素描をアルノーに返した。
アルノーはそれを受け取り、工房を出た。
夕暮れの街を歩きながら、アルノーは素描を頭の中で展開した。歪みに沿って流す。その先にあるのは、何だ。




