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第21話:想定外の依頼

その日の依頼は、最初から様子が違った。


掲示板に新しく貼り出された白い紙を確認すると、内容が他の依頼と異なっていた。民家や店の器具の修復ではなく、「旧市街の地下通路に設置された古い照明陣の修復」とある。設置年は百年以上前。王立の現行標準様式ではなく、旧式の陣式が使われているという記載があった。


アルノーはその依頼票を手に取り、カウンターに持っていった。


「これを受けたいのですが」


エレナが依頼票を確認した。それからアルノーを見た。


「これは、通常の修復依頼より難しい。旧式の陣式は現行の様式と設計が違う。扱ったことがあるか」


「ありません。ただし、記録で読んだことがあります」


「記録と実物は違う」


「そうですね。ただし歪みを観測することは同じはずです」


エレナがしばらくアルノーを見た。


「依頼主は旧市街の区長だ。地下通路の照明が半分落ちていて、住民が不便をしている。急ぎの案件だが、扱える冒険者がいなくて積み上がっていた」エレナは言った。「失敗した場合、陣が完全に壊れる可能性がある。それでも受けるか」


「受けます。失敗した場合は正直に報告します」


エレナが受付の判を押した。


「区長の名前と場所は依頼票に記載されている。何かあれば戻ってこい」


旧市街は、学園から西に十分ほど歩いた場所にある。新市街に比べて建物が古く、石畳の道が細い。アルノーは依頼票に記載された場所に向かった。


区長は七十代の小柄な男性で、地下通路の入り口で待っていた。


「来てくれて助かります。古いもので、王立の職人を呼ぶと法外な費用を請求されまして。冒険者ギルドなら何とかなると聞いたのですが」


「状況を確認します」


アルノーは地下通路に入った。


ひんやりとした空気が肌を刺す。通路は石造りで、天井に一定間隔で照明用の魔法陣が設置されていた。現行の魔法灯ではなく、天井の石に直接陣が彫り込まれ、そこに魔力が供給されている。


十数個あるうちの半分ほどが、明滅しているか、完全に消えていた。


アルノーは最初の一つに近づいて観測した。


直径三十センチほどの円形の陣で、石の天井に直接彫り込まれている。


半分が消えていた。


残りの半分も、光量が落ちている。


アルノーは最初の消えた陣に近づいて観測した。


設計が、現行の様式とは全く違う。補助線の配置が異なり、符号の形も見慣れないものがある。ただし基本的な構造——中心から外周に向かって魔力が流れる設計——は同じだ。


歪みを探した。


ある。中心部の主線が、経年で〇・六ほどずれている。現行の陣式なら許容範囲外だが、旧式の陣式は許容範囲の基準が違う可能性がある。記録で読んだ内容を思い出しながら、この陣式の設計意図を考えた。


中心部の主線がずれると、魔力の流れが外周に届かなくなる。照明が消えるのは、そのためだ。


修正を試みた。


指先を陣の中心部に当て、魔力を流す。主線を押し戻そうとした——が、動かない。


石に彫り込まれているため、表面からの干渉では主線に力が届かない。器具の陣式とは違い、直接触れることができない。


アルノーは手を引いた。


別の方法を考えた。


主線を直接修正することができないなら、主線のずれによって生じている魔力の流れの偏りを、外周から補正できないか。外周の符号の一部に干渉して、偏った流れを均等に近づける。完全な修正ではないが、光量を回復させることはできるかもしれない。


試した。


外周の符号の三か所に順番に干渉した。一か所目、変化なし。二か所目、わずかに明るくなった。三か所目、明滅が止まった。


「……点いた」区長が声を上げた。


アルノーは観測を続けた。


光量は戻ったが、陣全体の魔力バランスが本来の設計とは異なっている。無理に均衡を取った状態だ。


「応急処置です。本来は主線を彫り直す必要がありますが、今はこれで持たせます」


「十分です。ありがとうございます」


アルノーは次の陣へと移動した。


全ての照明を修正するのに二時間かかった。最後の陣を終えて地上に出ると、日が暮れていた。


「お疲れ様でした。助かりましたよ」


区長が報酬を支払い、深々と頭を下げた。


アルノーは帰り道、旧式の陣式の感触を思い出していた。現行の陣式よりも、歪みに対して「遊び」がある設計だった。完璧な対称を目指すのではなく、多少のずれを許容するように作られている。


それが、なぜ今の厳しい対称性の体系に変わったのか。


歩きながら、アルノーはふと背後に気配を感じた。


振り返ったが、誰もいない。細い路地の先に、街灯の光が落ちているだけだ。


観測した。


石畳の角に、わずかな魔力の残渣がある。誰かがそこに立ち、立ち去った跡だ。


尾行されていた。


アルノーはそのまま歩き続けた。自分の周囲の歪みが、次第にその形をはっきりさせ始めているのを感じながら。

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