第2話:掲示板の前で
試験結果が掲示板に張り出されたのは、翌朝のことだった。
王立魔導学園の正門を入ってすぐの広場に、受験者たちが集まっていた。石造りの掲示板には、今年の合格者百二十三名の名前と順位が、上から順に刻まれている。入学が許可された者だけが名前を持ち、そこに序列が与えられる。白棟、赤棟、灰練——どの寮に配属されるかは、この順位によって決まる。
アルノーは人垣の後ろから掲示板を眺めた。
上位から名前を確認していく。一位に、セレスティナという名前が見えた。王国有数の魔法名家の令嬢が首席か、とアルノーは思った。名家の出身者が上位に入ること自体は珍しくないが、首席となると話が違う。純粋に実力があるということだ。五十位を過ぎても、アルノーの名前は出てこない。七十位、八十位、九十位。
百位を超えたところで、レイドの名前が見えた。百四位。
そのさらに下を辿っていくと、一番下の行に、小さくアルノーの名前があった。
百二十位。最下位だった。
「やっぱりそこか」
隣に来ていたレイドが、掲示板を見ながら言った。アルノーが振り返ると、レイドは特に気にした様子もなく腕を組んでいた。
「お前、昨日の試験でずいぶん変なことをしていたからな。採点基準に合わなかったんだろう」
「そう思います」
「悔しくないのか」
アルノーは少し考えた。
「悔しいというより、採点基準と私が見ているものが違うのだと分かりました。それはそれで、観測の結果として有用です」
レイドが眉を上げた。
「……変なやつだな、本当に」
配属の案内が始まったのは、それから間もなくのことだった。上位四十名が白棟へ、四十一位から九十名が赤棟へ、それ以外が灰練へと呼ばれていく。アルノーは灰練の列に並んだ。レイドも同じ列にいる。百四位なら赤棟のはずだが、と思っていると、レイドが「自分で申請した」と言った。
「なぜですか」
「白棟や赤棟より面白そうだと思ったからだ。最下位の寮に最下位のやつがいる。それだけで十分だろう」
理由になっているかどうか分からなかったが、アルノーはそれ以上聞かなかった。
灰練の案内役は、若い男の教師だった。眼鏡をかけていて、どこか疲れた表情をしている。十数名の新入生を引き連れて、学園の北端へと歩き始めた。
「灰練は第三寮です。学園の規則上、すべての寮は平等に扱われます。ただし、実態については各自で判断してください」
歯切れの悪い説明だった。
北端に近づくにつれて、建物の様子が変わってきた。白棟と赤棟は正門近くに並んで建っており、石材が新しく、窓も大きい。灰練は外壁の色が変色しており、窓枠が歪んでいるのが遠目にも分かった。
アルノーはその外壁を観測しながら歩いた。
石材の目地が、右上から左下へ向かって傾いている。長年の雨水がその方向へ流れ続けた結果だろう。左下の角に水が集中し、基礎部分への負荷が高まっている。このまま放置すれば、十年以内に左下の角から崩落が始まる可能性がある。
「外壁の左下の角が危険です」アルノーは教師に言った。「基礎への負荷が集中しています。修繕を申請した方がいいと思います」
教師が立ち止まって振り返った。
「……申請は、毎年しています」
「通らないのですか」
「予算の優先順位の問題です」教師は短く答えて、また歩き始めた。
アルノーは外壁を見ながら、その意味を考えた。予算の優先順位。つまり灰練は、修繕の順番が後回しにされている。それは建物の問題だけではないだろう、という想像は難しくなかった。
灰練の扉を開けると、廊下の床が一部沈んでいた。アルノーが踏んだ瞬間、わずかに軋む音がした。
「ここは基礎の支柱が腐食しています。このまま放置すると床が抜ける可能性があります」
「申請は毎年しています」教師が同じ言葉を繰り返した。
レイドが小さく笑った。
割り当てられた部屋は二人用で、アルノーとレイドが同室になった。窓から見えるのは北の石壁だけだ。部屋の中は簡素で、ベッドと机が一つずつあるだけだった。
荷物を置いてから、アルノーは窓の外を眺めた。
石壁の目地の傾き、窓枠の歪み、床の沈み。この建物は、どこを見ても歪みがある。長年放置され、少しずつ崩れ続けてきた結果だ。
「なあ、アルノー」レイドが自分のベッドに腰を下ろしながら言った。「灰練って、思ったよりひどいな」
「そうですね」
「お前は平気なのか。最下位の寮に入れられて」
「平気かどうかは分かりません。ただ、ここから観測できることはたくさんありそうです」
「観測って、何を観測するんだ」
アルノーは少し考えた。
「この学園が何を基準にして動いているか、です。建物の修繕が後回しにされる理由、試験の採点基準、寮の序列——そういうものがどういう構造で成り立っているかを知りたい」
レイドが天井を見上げた。
「難しいことを考えるんだな。俺はとりあえず、ここで強くなれればそれでいい」
「強くなることと、観測することは、別のことではないかもしれません」
「どういう意味だ」
「歪みが見えれば、どこに力を入れれば効果が出るかが分かります。力の大きさより、方向の方が重要なことが多い」
レイドがしばらく黙っていた。それから「そういう考え方は、したことがなかった」と言った。
夜になって、アルノーは窓から空を見上げた。
月が出ていた。満ちた円。欠けのない完全な形。じいやがよく「整ったものは美しい」と言いながら庭の剪定をしていたのを思い出した。
この学園も、本来はもっと整っているはずだ。
アルノーはそう思いながら、月を見続けた。




