第19話:声の揺れ
夕食の時間、セインがアルノーの隣に座った。
灰練の食堂は、いつも同じような配置になる。レイドが中央のテーブルに陣取り、ソレルが窓際の端に座る。アルノーはソレルの隣か、窓際の別の席に座ることが多い。セインはこれまで、別のテーブルに座っていた。
「隣、いいですか」
「どうぞ」
セインが盆を置いて座った。自然な動作で、特に意図があるようには見えない。ただしアルノーは、セインが今日で三度目になることに気づいていた。
最初は廊下での挨拶。次は食堂での短い会話。そして今日。
間隔が、少しずつ縮まっている。
「リュミエール・セレスティナが灰練に来たそうですね」セインが食事を始めながら言った。
「そうですね」
「何の用だったんですか。合同実技の件ですか」
「少し話をしました」
「どんな話ですか」
「陣式の話です」アルノーは答えた。
「均整理論の話ですか」
「そうです」
セインが頷いた。それ以上は聞かなかった。話題を変えた。
「灰練の裏庭で毎日実験をしているそうですね。レイドさんとソレルさんと一緒に」
「していますが、どこで聞きましたか」
「たまたま見かけました」セインが笑顔で言った。「楽しそうでしたよ」
アルノーは少し考えた。
裏庭は灰練の棟の北側にある。食堂や廊下からは見えない。たまたま見かけるためには、裏庭の近くを通る理由が必要だ。
「昨日の夕方ですか」
「ええ、そのくらいだったと思います」
昨日の夕方、アルノーはリュミエールと裏庭にいた。レイドとソレルは不在だった。
セインは「レイドさんとソレルさんと一緒に」と言った。嘘ではないが、昨日の光景を正確に描写したわけではない。これまでの「見かけた」という情報の断片を組み合わせて、さも今見たかのように話している。
「レイドとソレルと一緒のときに、炎を見たということですね」アルノーは聞き返した。
「そうです。綺麗な炎でした。揺れない炎が安定するんですね」
「魔力の流れを整えているだけです」
「どうやって整えるんですか」
アルノーは答える前に、テーブルの向かいを確認した。ソレルが食事を取りながら、こちらに耳を向けていた。耳が、わずかに動いている。
「経絡の偏りを修正します」アルノーは答えた。「詳しい方法は、まだ言語化できていません」
「言語化できていない、か」セインが繰り返した。「それは残念ですね。聞いてみたかったのですが」
「興味があるのですか」
「ええ。均整理論は面白いと思っています。王立の体系とは違うアプローチで、同じ、あるいはそれ以上の結果が出る。そういう理論は、色々な場所で使えると思って」
「色々な場所、というのは」
「学園の外でも、ということです」セインが言った。「例えば、国の防衛に使えると思いませんか。魔力効率が上がれば、同じ人数で今より強い防衛線が張れる」
アルノーはその言葉を聞いて、観測した。
防衛。国の。
セインはこれまで、均整理論の技術的な内容を聞いていた。今日初めて、応用先の話をした。学園の生徒が自然に考えることではない。
「それは、誰かに頼まれて聞いていますか」
セインの表情が、一瞬だけ変わった。
ほんの一瞬だった。笑顔が、〇・一秒だけ崩れた。それからまた戻った。
「そんなことはありませんよ。ただの興味です」
「そうですか」
アルノーはそれ以上聞かなかった。
セインが話題を変えて、学園の授業の話をし始めた。アルノーは適当に相槌を打ちながら、食事を続けた。
夕食の後、ソレルがアルノーに近づいてきた。
「アルノー、あいつの声……揺れてた」
「どの部分でですか」
「『誰かに頼まれて』のところ。一瞬だけ、音がずれた」
アルノーは頷いた。
セインの背後には、何かがいる。それが誰なのかは分からないが、学園の内部だけではない、大きな歪みが自分に近づいていることをアルノーは確信した。




