第18話:首席の来訪
リュミエール・セレスティナが灰練に来たのは、合同実技から四日後だった。
夕方の廊下で、アルノーは彼女と鉢合わせた。白棟の制服を着たまま、灰練の棟に入ってきたリュミエールを、すれ違った灰練の生徒たちが驚いた顔で見ていた。首席が最下位の寮に来る、というのはそれだけで異例のことだ。
リュミエールはその視線を意に介さず、まっすぐアルノーに向かって歩いてきた。
「少し時間をもらえますか」
「何の用ですか」
「先日の件です」
アルノーは頷いて、裏庭に案内した。
夕方の裏庭は、レイドもソレルもいなかった。割れた石床と苔の壁だけが、静かにそこにある。リュミエールが周囲を見回した。整備されていない空間に、少し戸惑っているように見えた。
「ここで実験をしているのですか」
「はい。演習場が使えないので」
リュミエールが何か言いかけて、止めた。
「先日の件ですが」リュミエールが改めて言った。「あの後、自分で試してみました」
「どうでしたか」
「交点の角度を変えた陣式で、持続時間を計測しました。通常の陣式より、十七パーセント延びました」
アルノーは頷いた。
「強度はどうでしたか」
「上がりました。数値にすると、通常より八パーセントほど」リュミエールは言った。「一度だけかもしれないと思って、三回繰り返しました。三回とも、同じ結果が出ました」
「では偶然ではありませんね」
「認めざるを得ません。王立の標準陣式に、これほどの改善の余地があるとは思いませんでした」リュミエールがアルノーを真っ直ぐに見た。「あなたは、王立の体系に穴を開けた」
「穴を開けたのではないと思います」
「どういう意味ですか」
「王立の陣式が間違っているのではなく、完全ではないということです。完全なものは存在しないので、それは当然のことだと思います」
リュミエールがしばらく黙っていた。
裏庭に風が入ってきた。北の石壁に当たって、弱くなって消えた。
「一つ聞かせてください」リュミエールが言った。「あなたは対称が好きなのに、なぜ非対称の陣式を使うのですか」
「完全な対称を作りたいからです」
「矛盾していませんか」
「この世界に完全な対称は存在しません。どんな陣も、描いた瞬間から歪み始める。だから歪む方向を最初に決めておく。それが私にとっての、対称に一番近い形です」
リュミエールが目を細めた。
「歪む方向を決める」
「はい」
「それは——諦めではないのですか。完全な対称を目指すことを、諦めている」
「諦めているのではなく、現実に対応しています」アルノーは言った。「完全な対称を目標にすることは正しい。ただし、目標と現実の間には常に差がある。その差を無視するのではなく、差の方向を制御する」
リュミエールがまた黙った。
今度は長い沈黙だった。
アルノーはリュミエールを観測した。
体内の経絡の流れが、先日の合同実技のときとは少し変わっている。魔力の流れが、わずかだが軽くなっている。四日間、自分で試し続けた結果だろう。重すぎた流れが、少しだけほぐれ始めている。
「もう一つ聞いていいですか」リュミエールが言った。
「はい」
「私の陣式に、まだ改善できる部分がありますか」
アルノーは少し考えた。
「あります。補助線の太さを、流路に合わせて変えます。中心に近いほど太く、外側に向かって細くする。これでさらに効率が上がります」
リュミエールが頷いた。
「また、聞きに来てもいいですか」
「構いません」
首席が去った後、アルノーは石板に目を落とした。
歪みを認めることで、より高い均整に近づく。その考えを共有できる相手が、少しずつ増え始めている。




