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第17話:捨てられた記録

五パターンの修正案を作るのに、二日かかった。


設計図の交点を九か所から、さらに減らすパターン。角度の組み合わせを変えるパターン。補助線の長さを調整するパターン。それぞれを石板に描き、魔力を流して効率を確認した。灰練の裏庭で、レイドとソレルが訓練をしている隣で、アルノーは一人で描き続けた。


レイドが一度だけ覗き込んで「何をやっているんだ」と聞いた。


「工房の依頼です」


「工房って、ギルドの近くのあそこか」


「はい」


「お前、学園の課題もあるのに、よく時間があるな」


「睡眠を少し削っています」


レイドが呆れた顔をして、訓練に戻った。


五パターンが完成したのは、三日目の朝だった。それぞれの効率と、描くのにかかる時間を記録した紙と一緒に工房に持参した。


アルデンは工房の奥で作業をしていた。分解された器具の部品を、眼鏡を外して間近で確認している。アルノーが入ると、顔を上げた。


「来たか。持ってきたか」


「五パターンです」アルノーは記録紙をテーブルに並べた。


アルデンが立ち上がり、眼鏡をかけ直して記録紙を確認した。一枚ずつ丁寧に見ていく。途中で設計図と見比べ、何度かアルノーに質問した。交点の角度をこの値にした理由、補助線の長さをこう変えた根拠。アルノーはその都度答えた。


「三番目のパターン」アルデンが言った。「交点が七か所で効率が元の設計と同じ。描く時間は十五分。これが今のところベストだな」


「七か所まで減らすと、角度の許容誤差が〇・〇五以下になります。描くのは難しくなりますが、効果は高いです」


「〇・〇五か。それは普通の人間には見えない領域だな」


「私が見えるので、私が描く分には問題ありません」


アルデンがフン、と鼻を鳴らした。


「相変わらず不遜だな。だが、事実は事実だ」アルデンは三番目のパターンを指で叩いた。「これを採用する。実際に器具に組み込んでテストしてみる」


アルノーは頷いた。次の課題が決まった。


「記録を読んでいいと言っていましたが、今日から始めてもいいですか」


「好きにしろ。ただし棚の順番は変えるな。俺なりの配列がある」


「分かりました」


アルデンが作業に戻った。


アルノーは棚に近づいた。


記録紙は年代順に並んでいるようだった。一番古いものは百年以上前の日付が入っている。アルノーは端から順に確認していった。


最初の数十枚は、王立の標準陣式に関する記録だった。当時の研究者が標準陣式の改良を試みた記録で、ほとんどが「審査不通過」の判を押されている。理由は様々だが、その多くに「対称性の原則に反する」という記載がある。


三十枚ほど読んだところで、一枚の記録紙が目に留まった。


日付は六十年前。タイトルは「非対称交点の安定化に関する研究」とある。


読み進めると、内容はアルノーが独自に考えてきた均整理論と、驚くほど近かった。補助線の交点を非対称にすることで魔力の流れを制御する。歪みの方向を決めることで持続性を上げる。数式の組み立て方が違うが、結論はほぼ同じだ。


「これは」アルノーが思わず声に出した。


「何を見つけた」アルデンが振り返った。


「六十年前の研究です。非対称交点の安定化。私が考えていたことと、ほぼ同じ内容です」


「ああ、それか」アルデンが短く言った。「俺の師匠の研究だ」


「師匠」


「王立研究所で俺に魔法陣を教えた人間だ。その研究を持って審査に行ったら、三秒で却下された。エレガントではない、の一言でな」


アルデンがアルノーの隣に来て、その記録紙を覗き込んだ。


「師匠はその後、研究所を追われた。理論が異端だとされてな。最後に言っていたよ。『月は満ちているときより、欠けているときの方がその形がはっきり見える。魔法陣も同じだ』とな」


アルノーはその言葉を反芻した。


欠けているときの方が、形がはっきり見える。


「その師匠は、今どちらに」


「もう死んだよ。三十年前に。この工房は、師匠が最後に使っていた場所だ。俺が引き継いだ」


アルノーは記録紙を大切に棚に戻した。


自分が一人で考えてきたことが、かつて誰かが命を懸けて研究していたことだった。それは孤独を深める事実であると同時に、自分が間違っていないという強い肯定でもあった。


「アルデンさん。三番目のパターン、さらに改良できるかもしれません」


「何?」


「角度だけではなく、補助線の太さを変えます。魔力の流路を制御するために」


アルデンが眼鏡を押し上げた。


「……やってみろ。師匠が辿り着けなかった先へ、お前が行けるかどうか見てやる」


アルノーは白墨を手に取った。


外は暗くなり始めていた。工房の中に灯された魔法灯が、アルノーの描く複雑な線を照らし出していた。

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