第16話:頼みごと
アルデンがテーブルに一枚の記録紙を置いた。
古い紙だった。端が黄ばんでおり、折り目が何度もついている。広げると、魔法陣の設計図が描かれていた。六角形の基本構造に、複雑な補助線が張り巡らされている。補助線の交点が通常より多く、一見すると過剰な設計に見えた。
「これが分かるか」
アルノーは設計図を観測した。
補助線の交点が多いのは、意図的だと分かった。交点を増やすことで、魔力の流れを細かく制御する設計だ。ただし、いくつかの交点の角度が——
「非対称ですね。意図的に」
「そうだ」アルデンが頷いた。「これは俺が三十年前に設計した陣式だ。王立の研究所にいたときに作った」
「なぜ採用されなかったのですか」
「対称性の原則に反するからだ」アルデンは言った。「審査官に持っていったら、開いて五秒で却下された。エレガントではない、の一言でな」
「実証はしたのですか」
「した。通常の六角陣より魔力効率が四割高かった。それでも却下された」
アルノーは設計図をもう一度見た。
交点の角度の設計が、自分の均整理論と似ている。しかしこちらはより複雑で、交点が多い分、制御の精度が高い。自分がまだ辿り着いていない領域だ。
「この設計を、再現してほしいのか」
「違う」アルデンが言った。「この設計には、一つ問題がある」
「問題」
「交点が多すぎる。精度は上がるが、描くのに時間がかかりすぎる。実用性が低いんだ。俺も当時は精度ばかりを求めていたが、現場で使うにはもっと簡略化する必要がある」
アルデンがアルノーを真っ直ぐに見た。
「お前には、この設計から『不要な交点』を削ってほしい。効率を落とさず、描く時間を半分にする。それができれば、この陣式は生き返る」
アルノーは少し考えた。
不要な交点を削る。それは、均整理論の逆の作業だ。歪みを修正するのではなく、最小限の歪みで最大の効果を得る。
「私の目に、何が見えているか知っているのですか」
「エレナから聞いた。〇・一のずれを修正するんだろう。なら、どこを削れば流れが止まるかも見えるはずだ」
アルノーは設計図を手に取った。
線の一本一本を観測する。魔力が流れる道を想像する。どの交点が合流地点として重要で、どの交点がただの飾りなのか。それを見つける作業は、この目では難しい。
「どのくらいの時間で描けるようにしたいですか」
「実戦で使うなら、一分以内だ」
「今の設計では何分かかりますか」
「精度を保って描くなら、十分はかかる」
アルノーは設計図を改めて観測した。
交点が十八か所ある。これを減らしながら同じ効率を保つには、残す交点の角度を最適化する必要がある。数の問題ではなく、配置の問題だ。
「試してもいいですか」
「それが頼みだ」
アルデンが白墨と石板を持ってきた。アルノーは設計図を脇に置いて、石板に描き始めた。
まず基本の六角形を描く。補助線を引く。交点を十八か所から絞る——どの交点が魔力の流れに最も影響するかを考えながら、必要な交点を選ぶ。
九か所に絞った。
角度を調整する。それぞれの交点が、互いの流れに干渉しないよう、角度の組み合わせを考える。
アルデンが黙って見ていた。
二十分かかった。
「試してみます」
アルノーは石板의 陣に魔力を流した。
炎が現れた。
アルデンが計測器具を当てた。数値を確認して、眼鏡の奥の目が動いた。
「効率が……元の設計とほぼ同じだ」
「交点を九か所に減らしても、配置を最適化すれば同じ結果が出ます。ただし、一分以内に描くにはまだ時間がかかります。慣れれば短縮できると思いますが」
「今は何分かかった」
「二十分です」
「それが五分になれば、十分使える」アルデンが設計図と石板を見比べた。「お前、この短時間でよくこれだけの構成を思いついたな」
「思いついたのではありません。線がここにあるべきだと主張していただけです」
アルデンが声を上げて笑った。
「面白い。ヴァレリウス、明日も来い。この続きをやろう」
アルノーは頷いた。
自分の理論が、過去に否定された研究と共鳴し始めている。その予感に、少しだけ胸が高鳴った。




