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第12話:聞こえすぎる耳

翌日の放課後、三人は再び裏庭に集まった。


レイドは昨日より早く来ていた。アルノーが裏庭に入ると、すでに石床の上で魔力を流す練習をしていた。昨日覚えた三点分散の感覚を、自分で再現しようとしているらしい。うまくいっていないが、暴発はしていない。


「どうですか」


「難しい。お前に手伝ってもらうと感覚が分かるんだが、一人だとすぐ元に戻る」レイドが立ち上がった。「慣れるまで時間がかかりそうだ」


「最初はそういうものです。体が覚えるまで繰り返すしかありません」


「分かってる。毎日やる」


ソレルが遅れて裏庭に入ってきた。


いつもより表情が硬い気がした。アルノーはそれを観測しながら、ソレルが裏庭に入った瞬間から耳の動きを確認した。細かく、不規則に動いている。


「今日の音の状態はどうですか」


「悪い」ソレルは短く答えた。「午前の授業で、隣の席の人間が標準陣を連続で展開していた。そのたびに頭に響いた」


「今も響いていますか」


「少しは落ち着いた。ここは静かだ」


裏庭は確かに静かだった。北の石壁が風を遮り、白棟の演習場から聞こえてくる魔法陣の音も届きにくい。ソレルが灰練に配属されたのは成績の問題だが、この裏庭の静けさは、ソレルにとって偶然の恩恵かもしれない。


「昨日、試してみると言いましたが」アルノーは言った。「ただし、レイドの魔力制御とは違います。あなたの場合は、感覚の方向を整える作業になります」


ソレルがアルノーをじっと見た。


「どうやって」


「あなたの耳が音を拾いすぎるのは、周囲の空間に対して感覚が『全方位対称』になっているからです。どこから来る音も同じ感度で拾ってしまう。それを、特定の方向にだけ感度を上げるように作り変えます」


「そんなことができるのか」


「魔法陣と同じです。全方位対称の陣は安定しますが、情報の入力が多すぎると飽和します。あえて一方向の入力を強くし、他を弱くする。そうすれば、頭の中の情報量を減らせるはずです」


アルノーはソレルの前に立ち、許可を得てから耳の付け根のあたりを観測した。


魔法陣の線は見えない。しかし魔力の流れを追うと、音の感覚に繋がる経絡が、頭部全体に広がっている。これだけ広範囲だと、音の情報が全方向から同時に入ってくる。


「ずっとそうだ。生まれてから」


「故郷では、問題にならなかったのですか」


ソレルが少し間を置いた。


「故郷には魔法陣がなかった。自然の音しかない場所だった。風、水、草、動物。そういう音は——不快じゃない」


「魔法陣の音が特に不快なのですか」


「人工的な振動は、方向が一定じゃない。あちこちから同時に来る。それが頭に刺さる感じがする」


アルノーはその言葉を聞いて、少し考えた。


自然の音は、発生源が一つで、伝わる方向が決まっている。魔法陣の音は、陣全体から発生するため、全方向に広がる。ソレルの耳はその全方向の音を同時に拾う。それが「頭に刺さる」感覚になる。


ならば——魔法陣 of 音を、一方向に整えることができれば。


「少し試してみます」アルノーは言った。「痛くなったら言ってください」


ソレルが頷いた。


アルノーは裏庭の石床に、小さな陣を描いた。通常の点火陣だが、補助線の配置を通常とは逆に非対称にする。音の発生を一方向に集中させるための変形だ。こういった用途で陣を設計するのは初めてだった。


陣に魔力を流した。


炎が現れた。同時に、陣から音が発生する。人間の耳には聞こえない周波数だが、ソレルには聞こえるはずだ。


「どうですか」


ソレルの耳が動いた。それから止まった。


「……一方向から来る」


「北側から音を出すように設計しました。南側からの感度を下げるように、あなたの経絡に少しだけ干渉します」


アルノーはソレルの耳の裏にある経絡のポイントを指先で押した。レイドのときと同じように、微細な魔力を流す。情報の通り道を一か所に絞り、他を遮断するイメージだ。


「……音が、遠くなった」


ソレルが驚いたように言った。


「完全に消すことはできませんが、特定方向以外の音の感度を下げました。これで頭への負担が減るはずです」


ソレルが何度か首を振った。


「信じられない。あんなにうるさかった学園の音が、今は気にならない」


「感覚の均整をわざと崩しました。崩すことで、自分を守るための『壁』を作ったんです」


レイドが横から感心したように見ていた。


「アルノー、お前本当に何でもありだな」


「何でもはありません。観測できる範囲のことだけです」


ソレルがしばらく黙っていたが、最後に「ありがとう」と小さく言った。


裏庭を囲む石壁の向こうで、月が昇り始めていた。


アルノーはそれを見上げ、欠けゆく月を観測した。


欠けているからこそ、一方向からの光が際立つ。それもまた、一つの形だ。


アルノーはそう思いながら、自分の指先に残る微かな魔力の感覚を確かめた。

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