第11話:流れを決める
炎がまだ燃えていた。
裏庭の薄暗い空気の中で、オレンジ色の小さな炎が揺れずに立っている。アルノーが描いた非対称の六角形陣は、すでに五分が経過していた。通常の点火陣なら、とうに消えている時間だ。
「まだ燃えてる」レイドが腕を組んだまま言った。
「歪みの方向を制御しているので、魔力の消耗が少ない」
「俺の魔力の話と同じかもしれないって言ったけど」レイドが続けた。「実際に試せるのか」
「試せます。ただし、少し時間がかかります」
「構わない。やってみてくれ」
アルノーは炎を消してから、レイドの前に立った。
レイドの魔力の流れを観測する。これは魔法陣ではなく、人の体内の魔力だ。陣と同じように観測できるかどうかは、やってみなければ分からない。
目を細めて、集中した。
見えた。
魔力の流れは、陣の補助線に相当するものが体内にある。経絡と呼ばれる通路だ。レイドの経絡は太く、流れる魔力の量が多い。それ自体は長所だ。ただし、流れが一点に集中しやすい。集中した魔力が出口を求めて暴れる——それが暴発の原因だ。
「右肩の経絡に、流れが偏っています」
「そこから暴発するのか」
「そこが一番太いので、魔力が集まりやすい。出口を一か所に絞ると、圧力が上がって暴れる。複数の出口に分散させれば、安定します」
「どうすれば分散できる」
「私が少し手伝います。右手を出してください」
レイドが右手を差し出した。アルノーはその手首に指を当て、自分の魔力を極小量だけ流し込んだ。
「熱いか、冷たい感覚があるかもしれません」
「……いや、少し痒い感じだ」
アルノーはレイドの経絡の中に、自分の魔力で小さな「印」を打った。三か所。魔力の流れを分岐させるためのポイントだ。魔法陣で言えば、補助線の交点を修正する作業に近い。
「三点分散。これを意識してください。魔力を一つの太い流れにするのではなく、三つの細い流れにして、指先から出す」
「三つの流れ……」
「やってみます。最初はごく少量でいいです」
レイドが目を閉じ、集中した。
体内の魔力が動き始める。アルノーはレイドの手首に触れたまま、その流れを観測し続けた。最初、魔力はやはり右肩に固まろうとしたが、アルノーが打った印に当たって、三つの方向に分かれた。
「そのまま、ゆっくり出してください」
レイドの指先から、微かな光が漏れた。
いつもなら爆発的な光と共に熱が発生するはずが、今回は静かな光だった。三本の細い糸のような魔力が、空中で合流し、小さな光の球を作った。
「……できた」レイドが目を開けた。
「魔力を分散させることで、出力の圧力を下げました。これがあなたの魔力にとっての『均整』です」アルノーは答えた。
「この感覚のまま、魔法陣に魔力を流せるか」レイドが聞いた。
「試してみてください」
アルノーがレイドの手首から指を離した。レイドが地面の石板に手を当て、簡単な点火陣を描こうとした——しかし白墨を持っていない。
「白墨がない」
「指でいいです。魔力を流しながら、軌跡を描く」
レイドが指先に魔力を集め、石板の上に六角形を描き始めた。粗い形だが、陣として機能する最低限の形にはなっている。そのまま魔力を流した。
炎が現れた。
レイドの炎は、アルノーのものより大きかった。しかし暴発しなかった。揺れながらも、消えずに燃え続けている。
「でけえ」レイドが自分の炎を見て言った。
「魔力量はあなたの方が多いので、出力は私より上です。制御が安定すれば、この程度は出せます」
「今まで、こんなに出したことなかった」レイドが炎から目を離さずに言った。「暴発が怖くて、いつも力を絞ってた」
「力を絞ることが、逆に一点集中を招いていたかもしれません」
「……そういうことか」
レイドがゆっくり炎を消した。それから、アルノーを見た。
「なあ、アルノー」
「はい」
「お前、すごいな」
「何が」
「俺が何年も悩んでたことを、五分で解決しやがった」
アルノーは少し考えた。
「解決したのではなく、流れを変えただけです。あなたの魔力量は変わっていない。制御の方向が変わっただけです」
「それが解決だろ」レイドが笑って、アルノーの肩を叩いた。力が強かったが、アルノーは踏ん張って耐えた。
ソレルが離れた場所からその様子を見ていた。
アルノーはソレルの方を向き、「ソレル、あなたの耳についても試してみたいことがあります」と言った。
ソレルの耳が、ピクリと動いた。




