【19話】翔真と遥飛 3
翔真たちが円陣をくんでいるころ――。
フレスベルグのベンチでは大鳳監督が選手に作戦をつたえていた。
「作戦の説明は以上だ。なにか、しつもんは?」
「ありません」
みんなが声をそろえてこたえる。
「きみたちに、ききたいことがある」
大鳳監督が選手全員の顔をみまわす。
「中浦FCと戦って、きみたちはなにをかんじた?」
みんな、すぐに言葉がでてこなかった。
しつもんの意味がわからなかったからではない。
大鳳監督がそんなことをきくなんて、いままで一度もなかったからだ。
「隼里。彼らとぶつかって、なにかかんじるものはあったか?」
「体のあたりがとてもつよいとかんじました。じっさい、何度かショルダーチャージでも負けましたし」
「そうか。橘、きみは?」
「個人のレベルもたかいですが、じっさいに戦ってかんじたのは想像以上にチームとしてつよいということでした。それから――」
いっしゅん、橘智雪が口元をゆるませた。
「いえ、ほかにはなにもありません」
「いいたいことがあるならいえばいい。いまはそういうときだ」
智雪は大鳳監督から目をそらした。
監督のいうとおり、いまの気持ちを言葉にしてつたえるべきか。
それとも、胸のうちにしまっておくべきか。
それを自分の心にといかけているようだった。
「……たのしいです」
そうこたえた智雪は、かすかにわらっていた。
「中浦よりつよいチームはほかにもあります。でも、サッカーがこんなにたのしいと思えたのは中浦との試合がはじめてです」
「そうか」
大鳳監督がちいさくうなずいた。
「おれも智雪とおなじです」
ディフェンダーの選手がいった。
「あいつらは、ほかのチームにはない戦術をたくさんつかってきます。それに、こっちがいいプレーをしたら、敵なのに『ナイスプレー』ってほめてくれます。だから、この試合、すごくたのしんでプレーしてます」
「おれもです。おれもあいつらとの試合、すごくたのしいです」
仲間たちが口々に、たのしいというのを遥飛はだまって聞いていた。
ふしぎなことに、どれだけ「たのしい」という言葉を聞いても、心がいらだつことはなかった。
ぎゃくにそれを理解しようとする気持ちさえ、そのときの遥飛にはあった。
だが同時に、たのしいを理解することがこわくもあった。
自分はくるしみ、もがき、必死に努力してAチームのキャプテンになった。
それをまちがいだと思いたくない。
思ってしまえば、いままでの努力を自分の手でこわすことになるからだ。
「遥飛、きみはどうだ?」
「…………」
「きみは彼らと戦って、なにもかんじなかったのか?」
「…………」
みんなとおなじように、たのしいといいたい。
こわさをふりきり、本気の翔真と全力で戦いたい。
「遥飛。抽選会のかえりに、きみはわたしにたずねたね。『どうして、中浦FCに歌舞伎サッカーをやるようにすすめたのか?』と」
「はい」
「あのとき、わたしは『いいわけをふせぐために歌舞伎サッカーをすすめた』といった。だが、あれはウソだ」
「知ってます」
「そうか。なら、歌舞伎サッカーをすすめた、ほんとうの理由がわかるか」
「わかりません」
「では、ほんとうの理由を話そう」
大鳳監督がスポーツバッグから、サッカーボールをとりだした。
それは、かつて翔真がフレスベルグにいたときにつかっていたボールだった。
「きみたちにサッカーをたのしんでもらいたかった。だから、あの子たちに歌舞伎サッカーをやるようすすめたんだ」
大鳳監督はボールをみながら、話をつづけた。
「市沢フレスベルグをつよくする。そればかりに夢中になって、わたしはみんなにサッカーのたのしさをおしえることをわすれていた。その結果、ひとりの少年の心にふかいキズをおわせてしまった」
大鳳監督は、ボールを遥飛にわたすと、
「たのしいから好きになれる。たのしいからつづけられる。そんなあたりまえのことを、わたしはきみたちにおしえることをわすれていたんだ」
自分のふがいなさをなげくように、ためいきをついた。
「あの子たちの本気がつまった歌舞伎サッカーなら、きっと、きみたちをたのしませることができると思った。それが歌舞伎サッカーをすすめた、ほんとうの理由だ」
「ほんとうのことをいえば、おれがたのしむ気持ちを認めないまま試合にのぞむと思った。だから、ウソをついたんですね?」
「そうだ」
大鳳監督が顔をあげる。
「遥飛、たのしむことをこわがるな。サッカーをたのしめば、きみはもっとうまく、いや、つよくなれる。そして心からサッカーを好きになれる」
「わかりました」
遥飛はボールを大鳳監督にかえした。
その顔には、まよいもおそれもなかった。
「みんな」
ひとりずつ仲間の顔をみて、遥飛は力づよくこういった。
「後半戦も全力でたのしむぞ」
(つづく)
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