【17話】翔真と遥飛 1
11月5日。
ついに地区予選の日がやってきた。
試合会場である風吹スポーツセンターでは、素顔の中浦FCと二野宮FCによる試合がおこなわれていた。
「美羽、カガミジシだ」
翔真からパスをうけた美羽が、いきおいよくまえへはしりだす。
カガミジシとは少女が獅子の精に変身して髪の毛をふりまわしたり、舞台と客席のあいだにある花道とよばれる廊下を駆けぬけたりする、ダイナミックな歌舞伎のお話のことだ。
フィールドの左サイドを花道に見立て、そこを美羽がドリブルで駆けぬける戦術を中浦FCではカガミジシとよんでいる。
「美羽、行けー」
スタンドで応援していた美羽のママが、うでをふりまわした。
美羽が相手ディフェンダーをぬきさり、シュートをうつ。
「やったー」
シュートがきまると、美羽のママがこどもみたいにおおはしゃぎした。
そして、その3分後。
ピイィィ、ピイィィ、ピイィィィィ。
試合終了をつげるホイッスルがなった。
試合の結果は5―0。
勝ったのは中浦FCだった。
「気をつけ、礼。ありがとうございました」
フィールドの中央で、両チームの選手が頭をさげる。
「ありがとう。負けたけど、たのしかったよ」
「こちらこそたのしかったよ。ありがとう」
「つぎ、市沢と戦うんだろ。がんばれよ」
二野宮FCのキャプテンが翔真をはげましてくれた。
* * * * *
試合がおわると、翔真たちはテントにもどった。
「みんな、おつかれさま」
鳩山監督が、いそいでこどもたちにスポーツドリンクをくばる。
「フレスベルグとの試合まで、まだ2時間ある。いまのうちに、ゆっくり体をやすめておくんだ」
こどもたちは、つぎの試合にそなえて、はやめの昼食をとることにした。
そして、そのあと顔に隈をとりはじめた。
「やっぱ、これでなくちゃな」
隈取をした自分の顔を手鏡でみて、陽介がわらった。
いっぽう、翔真はフレスベルグのテントをみていた。
テントには大鳳監督のほかに、Bチームの雉原監督もいる。
おそらく歌舞伎戦術を分析させるために、大鳳監督がつれてきたのだろう。
遥飛はほかの選手と一緒に、べつのチームの試合を観戦していた。
――遥飛をたのしませるには、おれの本気をみせなくちゃいけない。
――そのためには、おれ自身が本気で自分にむきあわなくちゃいけない。
ぐっとこぶしをにぎりしめる。
こわい。こわいにきまってる。
けど、遥飛にサッカーをたのしんでもらうにはあれをやるしかない。
――そうだ。やるしかないんだ。
目をとじて、にぎりこぶしを胸にあてる。
そうして、翔真は覚悟をきめた。
――この試合、おれがシュートをきめる。
* * * * *
午後1時30分。
市沢フレスベルグと中浦FCの選手がフィールドにはいると、スタンドにいる両チームの応援団が歓声があげた。
「これじゃあ、まるで決勝戦だな」
そういって、陽介はスター選手のようにスタンドに手をふった。
「これより、市沢フレスベルグと中浦FCの試合をはじめます」
16人の選手が、いっせいに礼をする。
そして、それぞれの陣営にわかれて円陣をくむ。
「市沢フレスベルグ」
「ファイト、オー」
かけごえのあとに、スタンドからラッパとたいこの音が聞こえた。
「あっ、われら中浦えふしぃ~」
「ふぁいと、おぉ~」
こちらはスタンドから、拍子木をうつ音が聞こえた。
試合は中浦FCのキックオフではじまった。
前半2分。
美羽が陽介にだしたパスを相手フォワードがスライディングでカットし、フレスベルグが攻撃にうつった。
「隼里、パス」
ミッドフィールダーの遥飛がまえにはしる。
隼里が遥飛にパスをだす。
だが、そのパスに遥飛よりもさきに反応した選手がいた。
翔真だ。
翔真はパスをカットすると、そのままドリブルでゴールにむかった。
「翔真はシュートをうてない。ディフェンダー、体をよせてプレッシャーをかけろ」
そう指示して、遥飛は天音をマークした。
ゴールまで、あと15メートル。
翔真の目がまっすぐゴールをみすえる。
その目をみて、遥飛の胸がざわついた。
――まさか!
「キーパー、気をつけろ。シュートがくるぞ!」
その直後に、翔真が、ふるえる足でシュートをうった。
つよくてはやいボールが、ゴールにむかってとんでゆく。
キーパーがあわてて手をのばす。
指先がボールにふれる。
たった2センチの衝撃。
それがボールの軌道をそらした。
軌道のそれたボールはゴールポストにあたり、フィールドの外へとんでいった。
「ああ~、おしい」
中浦FCの応援団がためいきをついた。
試合はすぐには再開しなかった。
なぜなら遥飛、いや、両チームの選手がその場にたちつくしてしまったからだ。
「翔真くんがシュートをうった……」
ベンチの雉原監督が、かすれるような声でつぶやいた。
となりにいた大鳳監督はなにもいわなかった。
だが、ひらいた両目はフィールドの翔真をしっかりとみつめていた。
(つづく)
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