【16話】ホンキのカブキ 2
地区予選まで、あと1週間。
その日は土曜日で、遥飛はサッカーの練習のために中浦町にある叔父さんの家から市沢町まで、はしってもどるつもりだった。
「じゃあ、行ってくるよ」
叔父さんに手をふると、遥飛は市沢町にむかってはしりはじめた。
――いつもとちがう道をはしってみるか。
ふと、そんな気持ちになり、遥飛はいつもとちがうルートで市沢町へ行くことにした。
はしりはじめて15分。
中浦大橋という橋をわたっていると、むこうから、こどもの集団がこちらにむかってはしってきた。
「なーかうら」
「ファイッ、ファイッ、オー」
はしってきたのは、顔に隈取をした中浦FCの選手たちだった。
「あっ、鷲崎キャプテン」
遥飛をみて、八雲がおどろいた声をあげた。
翔真たちがスピードをおとして、こちらにむかってくる。
ほんとうはかかわりたくなかったが、橋の上なので、にげ場がない。
もどるほうが時間もかかるので、遥飛は翔真たちにちかづくことにした。
「おはよう」
隈取をした翔真があいさつした。
「……おはよう」
そのままとおりすぎようとする遥飛に、
「よう、ハルハル。おたがい地区予選がんばろうな」
陽介がニカッとわらって、手をふった。
「おれたちもおまえらと戦えるようにがんばるからさ。そのときは、おたがい、おもいっきりサッカーをたのしもうぜ」
「ふざけるな!」
サッカーをたのしむ。
その言葉を聞いた瞬間、遥飛はたちどまって、さけんでいた。
「サッカーをたのしむだと? ふざけるのもいいかげんにしろ」
陽介、八雲、天音――順番に中浦FCの選手をにらみつける。
そして最後に翔真をにらみつけた。
「おれは本気でプロのサッカー選手をめざしてるんだ」
「わかってる」
翔真がおちついた様子でこたえる。
「おまえだけじゃない。フレスベルグの選手が本気でサッカーにむきあってるのは、ここにいるみんなが知ってるよ」
怒りをはきちらす遥飛とはちがい、翔真のしゃべりかたは、まるで5さいのこどもに話しかけるみたいにていねいで、やさしい口調だった。
それがよけいに遥飛をいらだたせた。
「遥飛、まえにきいたこと、もう一度きくぞ。おまえ、サッカー好きか?」
「まえにもいっただろ、好きだからプロをめざしてるんだ。どけ!」
翔真をつきとばして、遥飛はふたたびはしりはじめた。
――たのしむだけじゃ、プロにはなれないんだ。
――本気でサッカーにむきあわなくちゃ、夢はかなわないんだ。
たたずむ翔真にむかって、遥飛は心のなかでそういいつづけた。
* * * * *
「もともと、遥飛は体のよわい子だったんだ」
翔真がみんなにそういったのは、公園でやすんでいるときだった。
「それが原因でクラスのやつらにいじめられてさ。おれ、あいつにすこしでも体力をつけてもらいたくて、サッカーをすすめたんだ」
翔真は市沢町にいたときのことを思いだしながら、みんなに遥飛のことを話した。
「最初はドリブルもパスもうまくできなかった。でも、あいつは必死に努力した。だれにも負けないぐらいサッカーにむきあった」
スポーツドリンクをひとくちのんで、翔真は話をつづけた。
「あとから聞いた話だけど、遥飛はおれを目標にしてがんばってきたらしい。でも、おれだって、あいつに負けたくなかった。だから、おれも必死に練習した。そのおかげで、ふたりとも、どんどんサッカーがうまくなった」
「まさに、よき友は、よきライバルですわね」
天音がほほえんだ。
彼女の顔をみて、翔真も、ついわらってしまった。
「いつもふたりで『どんな選手になりたい?』とか『どこのクラブでプレーしたい?』とかサッカーの話ばかりしてた。それで、ふたりで約束したんだ。ぜったいプロの選手になって、ワールドカップで優勝しようって」
「では、遥飛さんがプロをめざしているのは――」
「うん。おれとの約束をはたすためだよ。でも、このままじゃ、あいつ、いつかサッカーをきらいになっちゃうような気がするんだ」
「どういうこと?」
5年生の美羽が小首をかしげる。
「遥飛さんは本気でプロをめざしてるんでしょ? どうして、そんな人がサッカーをきらいになっちゃうの?」
「わたくしには、わかるような気がします」
美羽の顔が、今度は天音のほうへうごく。
「美羽ちゃんは挫折という言葉を知っていますか?」
「ザセツ? くじけちゃうってこと?」
「そうです。こどものときにすばらしい結果をのこしたスポーツ選手が、大人になってレベルのたかさについていけず、スポーツをやめてしまうという話は、わたくしも本で読んだことがあります」
「ふーん、そんなことがあるんだ」
美羽がむずかしい顔をして、うでをくんだ。
「遥飛さんは本気でサッカーにむきあっています。でも、もし努力のつらさに心がおれてしまったとき、大好きだったサッカーをきらいになってしまうのではないか。翔真さんはそれを心配しているのですね?」
「うん。おれが心の病気になってもサッカーをつづけようと思えたのは、サッカーにたのしい思い出があるからなんだ」
翔真は空をみあげた。
はしりはじめたときはきもちのいい晴れ空だったのに、いまは灰色の雲におおわれて、どこまでも町にくらい影をおとしていた。
「遥飛と一緒にあたらしい戦術を考えたり、どっちがながくリフティングできるかを勝負したり、そんなたのしい思い出があるから、おれは心の病気になっても、サッカーをきらいにならずにすんだんだ」
仲間とすごした時間と思い出。
そして夢をうばった心の病気。
翔真はサッカーからもらった、すべてのひかりと闇をだきしめながら、
「おれはサッカーが好きだ。だから中浦でみんなとサッカーをつづけることができた」
仲間に自分の気持ちをつたえた。
「遥飛は本気でプロをめざしてる。でも、このままつらい気持ちだけでサッカーをつづけたら、いつか、あいつがこわれちゃうような気がするんだ」
「じゃあさ、おもいっきり、たのしんでもらおうぜ」
陽介がベンチからたちあがる。
それと同時に、雲のすきまから太陽が顔をだした。
「歌舞伎サッカーは、みんながたのしむサッカーだもんな。夢にむかってがんばるハルハルに、おれらとの試合をおもいっきりたのしんでもらおうぜ」
「中浦と戦えてたのしかった。Aチームみんなにそう思ってもらおうよ」
陽介につづいて、八雲もベンチからたちあがる。
美羽、時雨、正晴、雷輝。
そして天音。
みんながベンチからたちあがって、翔真のまえにあつまった。
「翔真さん、みんなで最高の歌舞伎サッカーをしましょう。そして市沢フレスベルグのみなさんにサッカーをたのしんでもらいましょう」
「ありがとう、みんな」
みんなの想いと太陽のひかりをあびて。
翔真は決意とともにベンチからたちあがった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




