第096話 極振りヒーラー、親友のピンチ
夕暮れの橙色が、洞窟の入口をやわらかく染めていた。
その光の中へ、三つの影が戻ってくる。
一日中フィールドを駆け回っていたヒマワリ、ティア、バルトだ。
森を横断し、小規模・中規模ギルドの拠点を巡り続けた成果は大きい。
累計ポイントは――十五。
「ただいま!」
ヒマワリが明るく声を上げると、洞窟の奥から足音が近づいた。
「お帰り、三人とも」
ステラが明るく迎える。
防衛組も無事らしい。
バルトは肩を回しながら息を吐いた。
「思ったより回れたな。初日にしては上出来だ」
「マッピングは概ね完了しています」
ティアがそう言って、広げたのは詳細な手書きマップ。
拠点の位置だけでなく、防衛人数、地形、構造、狙撃の可否まで細かく記録されている。
「八割以上は把握できました。大規模ギルドの防衛傾向も見えています」
「すご……」
ノエルが思わず感嘆の声を漏らす。
「これだけ分かっていれば、次からは“当てに行ける”ね」
無策でぶつかるのではなく、選んで攻める。
そのための情報は、すでに揃いつつある。
その時、洞窟の外から足音が聞こえた。複数の人間が接近している。
「……敵襲だな」
低く告げて、バルトが入口へと進み出る。
やがて洞窟の外に姿を現したのは、小規模ギルドの一団だった。
前衛五名、後衛に魔法使い三名。合計八名の編成だ。
やがて洞窟の外に姿を現したのは、小規模ギルドの一団だった。
前衛五名、後衛に魔法使い三名。合計八名の編成だ。
敵のリーダーが軽く笑い、部下に合図を送る。
「八人全員で迎え撃つのは、これが初めてだね」
ヒマワリが剣を抜き、足を一歩前に出す。
「来ます」
ティアも静かに弓を構えた。
次の瞬間、敵の前衛五名が一斉に洞窟へ雪崩れ込んでくる。
その後ろから、魔法使いたちが間合いを取りつつ続いた。
「――ステラ、いけるか?」
ノエルが短く声をかける。
「うん。《ハイヒール》《再生の祝炎》」
淡い白光がステラ自身を包み込む。
回復と同時に、溢れたHPが光の膜となって彼女の周囲に定着した。
そして――
「《慈愛の抱擁》」
背中から、柔らかな光が羽のように広がり、ステラが展開中のバフが範囲内の味方全員に適用された。
バリアと継続回復が味方に付与され、防御態勢は完璧となる。
ノエルが一歩踏み込み、《ブレイクスラッシュ》を叩き込む。
大剣が唸りを上げ、敵前衛をまとめて薙ぎ払った。
重い衝撃音とともに、複数のHPが一気に削れる。
間髪入れず、バルトが前へ出る。
「――通すかよ」
《シールドバッシュ》。盾が叩きつけられ、敵前衛の一人が鈍い音とともに硬直した。
その背後から、敵の魔法使いが《ファイアボルト》を放つ。
赤い火球が一直線に飛来――だが、着弾した瞬間、淡い光に吸い込まれ、弾き返される。
「何だこのバリア!? 跳ね返ってくる!」
彼らはバリア崩壊系のスキルを持っていない。ステラのバリアを突破する手段がないのだ。
それはまるで、全盛期の魔王にスリッパで挑んで勝ちに行くようなものだった。
「《ホーリー・アロー》!」
リリアの詠唱と同時に、純白の光矢が放たれる。
後衛に陣取っていた魔法使いの一人に直撃し、悲鳴とともにHPが大きく削れた。
「行くよっ!」
ルナが《マジックブースト》を展開し、《二重魔法》を発動。
《ファイアボルト》と《サンダーボルト》が同時に解き放たれ、炎と雷が交錯する。
連続する衝撃が敵後衛を飲み込み、耐えきれなかった魔法使いが崩れ落ちた。
「ここだね」
ソルが一瞬の隙を逃さず、《ラッキーストライク》を叩き込む。
確定クリティカルの一撃が前衛の急所を正確に貫き、HPが一気に消し飛んだ。
さらに――
「《四の矢 雨》」
ティアの冷静な声とともに、指定地点へ無数の矢が降り注ぐ。
逃げ場を失った敵集団が、範囲攻撃にまとめて呑み込まれた。
ヒマワリが《疾風連斬》を発動し、前方に五連撃を繰り出す。敵の前衛が次々と撃破されていく。
「撤退! こいつらには勝てない!」
敵のリーダーが叫ぶが、すでに入口は、ノエルとバルトによって完全に封鎖されていた。
逃げ道は、ない。
最後の一人が、静かに光の粒子となって消える。
八名――全滅だった。
「きっちり返り討ち、だね」
ヒマワリが剣を収め、軽く肩を回す。
「ええ。この拠点は、もう狙われにくくなるでしょう」
ティアが冷静に分析する。
夜の帳がゆっくりと大地を包み込み、洞窟の奥は焚き火の橙色だけが揺れていた。
その光を囲むように、仲間たちが静かに集まる。
ティアが夜間作戦を提案した。
「夜は奇襲をかけやすい時間帯です。視界が悪くなる分、敵の警戒も緩みます」
広げられたマップの上に、指先が滑る。
「ヒマワリと私で闇夜に紛れ、中規模ギルドを狙います」
「了解!」
ヒマワリが快活に頷き、剣の柄に手を添えた。
「防衛チームは本拠地の警戒を。夜間は襲撃が減少する傾向にありますが……油断はできません」
「任せて」
ノエルが力強く答え、大剣を肩に担いだ。
洞窟の入口にはバルトが陣取り、ルナとリリア、ソルもそれぞれの持ち場を確認する。
ヒマワリとティアは闇の中へと溶け込むように洞窟を出る。
月明かりすら雲に隠れた夜――それは、奇襲を仕掛ける者にとって最高の舞台だった。
ティアは昼間とは違い、中規模ギルドの拠点をいくつも巡回する。
夜のフィールドは静まり返り、見張りの足音もまばらだ。
「……壁なし構造。射線、良好」
ティアは小声で呟き、弓を構える。
《ホークアイ》。
視界が一気に拡張される。闇が薄膜のように剥がれ、遠方のクリスタルがはっきりと浮かび上がった。
夜であることなど関係ない。彼女の瞳は、獲物だけを正確に捉えている。
《必中の一矢》――命中補正最大化。
《五の矢 貫》――貫通特化の強化射撃。
二つのスキルが重なり合い、矢じりが淡く蒼白に輝いた。
放たれた矢は闇夜を裂く一閃となり、クリスタルに直撃した。
パリン――
ティアは順調にポイントを稼いでいく。夜間の狙撃は極めて効果的だった。
一方その頃、ヒマワリもまた、中規模ギルドの拠点を巡っていた。
《加速》と《跳躍》を駆使し、防衛網の隙を縫うように侵入し、クリスタルを破壊していく。
闇に紛れ、斬り込み、離脱する。
それを何度も繰り返し、確実に成果を積み上げていた。
「……順調、かな」
そう呟き、次の標的へ向かおうと森の中を駆け出した、その瞬間。
ヒュン――
空気を裂く鋭い音。
「っ!」
反射的にヒマワリは剣を振るう。
火花が散り、放たれた矢が弾き飛ばされた。
「……今の、狙撃?」
即座に周囲を見渡す。
闇の向こう、木々の影がわずかに揺れた。
「誰!?」
次の瞬間、遠くの高所に人影が浮かび上がる。
弓を構えた男が、冷静な動作でこちらを見据えていた。
【流星の覇者】のジン。
弓を引き絞り、《スナイプモード》を発動している。
射程距離を極端に伸ばす、狙撃特化のスキルだ。
「狙いは外さない」
低く告げると同時に、ジンは《ピアシングショット》を放った。
一直線の殺意が、闇夜を貫いて飛来する。
ヒマワリが《蜃気楼》で虚像を作り出し、虚像が生まれる。
矢は幻を貫き、そのまま虚空へと消えた。
だが、息をつく暇はない。
ヒュン、ヒュン――
間を置かず、次の矢が放たれる。
ジンは距離を保ったまま、淡々と射撃を続けていた。
回避先を読む、完全に対人戦を意識した狙撃だ。
「まずい……【流星の覇者】か」
ヒマワリは状況を即座に整理する。
距離を詰めれば狙撃。
逃げれば射線を維持したまま追撃される。
――時間を稼がれている。
その予感は、すぐに現実となった。
森の奥から、複数の足音。
前衛が三名、さらに後方には魔法使いが二名。
【流星の覇者】の増援が到着しつつあった。
「……囲むつもりだね」
ヒマワリは剣を強く握り直す。
このままでは、完全に数的不利だ。
死を覚悟して、ギルドチャットを開く。
「ステラ! 大規模ギルドに見つかって交戦中!」
次は4/13 21時投稿予定
お楽しみに!




